プレリュード
壮佑


爽やかな初夏の朝
コーヒーショップの窓の外では
スズメ達が噴水に集まって
小さな翼をシャンプーしている
音大行きのバス乗り場では
客はバスの屋上に梯子で登り
ピアノを楽譜初見で弾かないと
乗せて行ってもらえないそうだ
ラヴェル先生が入試用に作曲した
『プレリュード』を上手く弾けない人は
スズメの冠婚葬祭のための祝い歌や
レクイエムを補習させられている
遠い昔 私も高校の体育館で
ローリング・ストーンズの曲の
イントロをトチったことがあるから
何処かで補習をすればよかったのに
放っといたらこんな歳になってしまった
今からでも遅くはないと思うけれど
あんなに好きだったギターもバンドも
とっくの昔にやめてしまった今となっては
いったい何を補習すればいいのだろう
すると 隣りのテーブルの老婦人が
私の手に彼女の手のひらをそっと重ねて
「あなたはもういいのよ」と言う
そう言われても私は納得できず
お金を取ってライブをやったことが
学校にバレて二週間の謹慎を喰らったことや
ストーンズの『Tell Me』が好きだった
不良の同級生の死のことを思い出していると
じんわりと涙が滲んできてしまった
老婦人はそんな私をさとすように
もう一度静かに繰り返した
「あなたはもういいのよ……」
しかし私は涙が止まらなかった
それからしばらくのあいだ
老婦人は私を優しく見守っていたが
最後にしみじみと独り言を呟いた
「でも、ストーンズの
あの超簡単なイントロをトチるなんて……」
最終的な自制の糸がぷつと切れ
私はテーブルに突っ伏して嗚咽し始めた
「傷つきやすいんだから……」
『プレリュード』が流れるバス乗り場では
みんな早くしてくれないかなあと
運転手が大アクビしていた





※文書グループ「コーヒーショップの物語」




 


自由詩 プレリュード Copyright 壮佑 2013-06-17 20:54:29
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