Restaurant Saint Malo
りゅうのあくび

そこは場末の洋食屋ではなかった。
マスターは自家製のコンソメスープの
味を利きながら、笑みをこぼして
「イギリス海峡には初めて来たのかい?」と切り出す。

         

         ローマ時代に修道士が
         住み着いたフランスのブルターニュ半島に
         あってイギリス海峡を臨む
         港町Saint Maloは
         いずれ英仏の百年戦争を経て
         大航海時代には海賊が根城にしていた。
         その後、数々の大型帆船がその港町から
         出航し世界へと航海と探検を果たす。
         


「ええ、初めてですよ」と答えたが、
カウンターにはまだ誰も人は居なかった。
ちょうど予約なしで席に座ることになって、彼女と料理を注文した。
シチューのオーダーを待つ時間、人気のシチューベースについて
マスターが調理をしながら、彼女と僕に熱心に話し掛け
その話題で持ちきりになる。


         そう云えば、話は大分変わるが
         大学時代にはヨット部に半年ほど所属して
         毎週末にマリーナに通っていた。
         台風の到来時に備え天気図を毎日記しては
         台風の進路予測の勉強をしながら
         帆船が海に出るための出港準備をする
         訓練を行ったりしている。
         ヨットは向かい風の方向にも
         帆走することができ、
         その航行方法のことをタックという。
         大学1年の夏休みにかなり激しい合宿が始まる。
         少ししか泳げないのに。
         


Restaurant Saint Maloと同じ通りには、
近頃米屋ができた。
精米したてのお米を提供しているせいか、
ご飯はつややかに光っている。
ビーフシチューは、ビールで煮込んでいて
少しほろ苦さがあるものの
じっくり仕込んだものだった。
ビーフはスプーンではないと食べられないほど柔らかく
ブラックペッパーがスパイシーに効いている。
       
         

         夏より始まる合宿後は、
         クルーザーで島々を廻る予定だった。
         しかし大学1年の参加者は、
         ほぼ5人全員が脱落であった。
         3人は夜逃げをし、1人は病院に搬送され、
         自分1人最後に残る。
         残ったものの僕が先輩に最期の抗議をしたため、
         合宿は解散する。
         その後、ヨット部は辞めたが、
         小さなヨット部の話がどちらだったにしても、
         丸い地球には、どの時代にも大海は確かに1つしかない。
         


彼女と「ごちそうさま」を
告げてマスターと別れた。
ブラックペッパーの漆黒の味には、
古きヨーロッパの水夫たちの命を賭けた
大航海時代にフランスの
港町の雑踏にいたような気になる。



参照:ウィキペディア:サン・マロ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AD


         



自由詩 Restaurant Saint Malo Copyright りゅうのあくび 2013-06-16 01:50:04
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彼女に捧げる愛と感謝の詩集