しゅみ
阿ト理恵

1984年6月10日時の記念日地下のパーティで、きみはぼくを殴った、はじめて逢ったぼくを
    ぼくは、きみのひきつってゆがんだ横顔をみていたら、カメラのシャッターボタンを押していて、きみは、そのカシャカシャカシャカシャという連写音が鳴り終わると同時に、もしかしたら鳴り終わっていなかったかもしれないほどのスピードで、ぼくの頬を殴り、「失礼よ、こんな近距離で断りもなく撮るなんて!」きみの金属質な声も飛んできた、きみの瞳のなかに溜まった水がなにを意味するのか、ぼくにはわかるはずもなく、ぼくたちはただその時はあやまってわかれた    きみが一週間後に結婚すると、ぼくはきみとぼくの共通のともだちに聞いた、その日はぼくの誕生日、どうしてきみがぼくの誕生日を知ったか知らないが、その日ぼくの4畳半の寮に、むらさきのスターチスが両手で抱えきれないほど届いた、飾るところに困り、部屋をななめに渡してある登山用ロープに、洗濯物を干すように花を下に向けて並べた、
きみが結婚式をしているホテルへ向かった、その時ぼくはなにを着ていたのだろう、外は霧雨、ホテルは山の上、ぽんこつダットラは暗い昼を、さまよい走った、どこをどう迷ったのか、気がついたら山の反対側の海にでていた、どぶねずみ色のテトラポットをみていたら、なんだか笑ってしまった
そのあと、きみは遠くへ行ってしまい、ぼくは大学院を卒業できなかった、ぼくはレイモンド・カーヴーのような手紙をきみに書いた、きみからの返事は笑顔
それからきみはぼくの妻になり、スターチスはあの時のままむらさきで、もしかしたら少し色が薄くなったかもしれないが、そんなことはどうでもよく、きみはあいかわらずぼくを殴り、きみのこころがそれでももいろになるのならぼくの皮膚がももいろになってもいいんだ、「しゃみは妻」大きな声じゃあ言えないけどそういうことなんだ。



自由詩 しゅみ Copyright 阿ト理恵 2013-06-16 01:06:13
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