蜃気楼にて乾杯
済谷川蛍

 ラララァ〜ララララル〜ラララルララァ〜ララ〜

 真っ赤な太陽が地上から立ち去ろうとしている。すべての風景は陽炎に揺らめき、無数のラクダのシルエットが地平線をゆっくりと移動している。乾いた風が砂を押し流し、その軌跡がさざ波のように残るが、次の瞬間にはもう形を変えはじめている。その世界は、静かに、ゆっくりと、美しく滅亡している。

 そのとき俺は、都会の真ん中にいた。

 極彩色のネオン、人の群れ、車の流れ、巨大なディスプレイに映るロマンチックな砂漠の風景。テーブルの上に運ばれる上等な料理と酒。ここは、月に何度か気が向いた時にやってくる、そこそこ高級な店である。周囲の客を見渡す。月給20万そこそこの俺にはあまり相応しい店ではないかもしれない。
 窓際の席に座ると、夜の街を眺めるのが習慣のようになっている。電車の窓をのぞく子供のように、未だ新鮮であり続ける都会の風景を上空から望むのだ。ガラス越しに広がる煌びやかなネオン、人の群れ、車の流れ、広告、雑多猥雑、俗なる濁流、時代というにはあまりに過剰で急速な発展、まだ砂漠の国で暮らしたほうがマシに思えてくる。
 俺はいつも1人でここにくる。テーブルの上に洒落た硝子の花瓶があり、上品な白い花と向かい合っている。この花のほうが、大抵の女よりマシかもしれない。ふと先程見た巨大ディスプレイのCMを思い出し、ひどく下らないことを思った。

 俺たちは、都会のラクダなのかもしれない、と。

 ビルの上のクレーンや摩天楼を彩る航空障害灯の点滅に気を取られながら、ラクダと仕事について顧みる。タキシードを着た、俺より若いラクダが、いかにも慣れた手つきで、毒の入った蜜を空のグラスにそそいでいく。透明なグラスは赤紫色の美しい光沢を放ち、その中に都会の明かりが混ざりこんだ。俺はグラスを軽く持ち上げ、さりげなく白い花を透かしてみた。少し楽な気持ちになった。なので、本当に意味もなく、誠に勝手ながら、今夜は、すべてのラクダたちに乾杯といこう。


散文(批評随筆小説等) 蜃気楼にて乾杯 Copyright 済谷川蛍 2013-06-12 23:20:32
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