笛吹きケットル
ただのみきや

笛吹きケットルが壊れて
笛吹かずケットルになってしまった
笛を吹かない笛吹きケットルは使い難くて仕様がない
ケットルを買い変えようと思った矢先のこと
突然 笛吹かずケットルが言った

  「おれは笛を吹けなくなった訳じゃない
  笛を吹く気にならないだけだ」

理由を問うと
自称『笛は吹けるが吹く気にならない笛吹きケットル』
が答えて言った
  
  「おまえが踊らないからだ」

  「……なに? 」

  「おまえこそ笛吹けど踊らずのダメ人間じゃないか
  こんな使えない奴はお払箱だ
  もっとしっかり踊れる人間と入れ替えてやる」

おれは困惑した
そして だんだんと沸騰してきた

  「それじゃあお前がしっかり笛を吹けるかどうか
  おれが踊れるか踊れないか試してみようじゃないか! 」

おれはケットルの蓋をあけ 水道を全開にして冷水をぶち込んだ
ケットルの奴が 「つぅッ! 」 と漏らしたがお構いなしに
そしてケットルをガステーブルに乗せて強火で点火した
おれたちは互いに睨み合ったまま黙っていた
時間だけが何食わぬ顔 冷静さを保っていた

お湯の温度が上がりはじめる
?こおおお?と低く唸っている
だがこれは薬缶ならば当たり前のこと
笛の音とは程遠いものだ

やがてケットルは激しく蒸気を噴出した
蒸気穴からも注ぎ口からも
 ――完全に沸騰したのだ――
だがケットルはただグラグラしているだけだ
必死に笛を吹いてはいるが
かつてのような音色は出なかった
やつは高熱と高圧にさらされながら
いつまでも音の出ない笛を必死に吹き続けていた

おれはだんだんケットルが憐れになってきた
かつてはできていたことが 
今は できなくなったのだ

 「来年度、お前を会社にとっての戦力とは見ていない」
 
 「実績が上がらなかった営業所は閉鎖だ」
 
 「君は自分で思っているほど評価されているわけではないよ」

何度 おれも「お払箱」「役立たず」で悔し涙を流したことだろう
おれは火を止めてケットルを見つめた
ケットルはもう何もしゃべらなかった
そもそもケットルがしゃべれる訳ないのだが


 *******************


おれはケットルを買い変えた
新しいケットルは見事に高音を響かせる
ケットル界のまるいすでえびすってとこだ

あいつは今 玄関の棚の上
もう蓋は脱ぎっぱなし 
布袋草を一株浮かべては
ひんやりと小さな金魚を住まわせている
プレッシャーのかからない毎日だ

≪こんな余生も悪くはないだろう≫

おれは勝手に思っているのだが 本当のところ
引退したケットルの気持ちなどさっぱりわからない


自由詩 笛吹きケットル Copyright ただのみきや 2013-06-09 19:46:00
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