湯屋
月乃助


到来は 雨月の小夜時雨さよしぐれ
遠くに鳴神なるかみもあらぶるよう


昔は今 豊葦原の中つ国、その奥山に御霊がたずねる湯屋がございます


姫垣のむこうの山の端に 弦月ほどが美しいと
住みなす者はいわずとも 行合いの者たちもまた
湯をあびに やってくる


相撲取りほどの大女は、
混浴などおかまいなしの 大きな乳房をあらわにし、
時刻表にない バスに揺られて訪れる旅人とか、
酔客相手の片言の日本語をはなす遊女もまた 男の汗をながしに 遅れて湯をすくう
旅籠の仲居はさいごに 背中いちめん 牡丹に弁天さまの刺青で、
花の肌に湯をすわせ ほんのり色づかせ、
それを、じっと世をすてた かたほの詩人がみつめたり、
不死実という あぶなげな果物売りの老女は、行商の
この村の地唄をきかせてくれる そのむこうで、
村人がつたえる 平家が落人の姫の血と 見目麗しい娘が、
絹のような黒髪を洗い、


異形のものたちは誰も 死人のやすらかさで、
湯をあびてゆく


ええ、もうこの湯につかれば 夢見心地で
あの世か 極楽か 時のまにまに ただようようで、ございます


この世での誕生が、死のはじまりなら
あの世への誕生は、生のはじまりとかもうすようで、


ここでは、年取るごとに 若くなっていくのが宿業


ゆなゆな 赤子になって また次の世に生まれ変わるまで
しばし この湯でやすんで いらっしゃいませ










自由詩 湯屋 Copyright 月乃助 2013-06-09 18:58:16
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