膜の中での変身
殿岡秀秋

目覚めても
夢が続くのか
岩穴に
風が吸いこまれていく

のぞく眼に
洞窟の奥でうつむく子どもが映る
近づけば
幼いままのぼくだ

小さいからだを
剃刀の風が
音を立てて
通りすぎる

檻の中の熊が
歩きまわるように
小学生のぼくが
動きだす

目を洞穴の外に向けて
校庭で群れる生徒たちを遠くみるときに
片方ずつ目をつぶる
何のまじないか

だれもいないのにつぶやく
湿った空気のように
覆いかぶさってくる不安を
跳ね返そうとするのか

小学校になじめなくて
家に帰っても母が店に出てしまった後で
家の中を灰色の風が通りすぎて
身震いして子どものぼくは
すがるものを探していた

気持をしずめようとして
噛む唇から
潰した虫の液の
血が垂れる

子どものぼくの眼と
庭とを隔てる
透明な膜の向こうに
銀色の風にゆれて
土と樹と花と草とが
溶いた水彩絵の具の
色彩で浮かぶ

膜が風をはらんで
テントのように膨らむ
中にはいった子どもの目は
焦点を失って
閉じられ
ふたたび開くときに
願う者に変身している

小学校の休み時間に校庭に出て
樹木の陰にいくと
透明な膜を風がふくらませる
その中にはいって子どものぼくは
時代劇映画の主人公になる

始業のチャイムがなると
急いで膜からでて
余所行きの顔にもどって
教室へかえろうとする
風にあおられながら
走るうちに
後ろ姿が影のように伸びて
大人のぼくになって
目が覚めて
机の前に座り
透明な膜につつまれて
幼いぼくが主人公の
冒険を創りはじめる



自由詩 膜の中での変身 Copyright 殿岡秀秋 2013-06-01 05:33:30
notebook Home 戻る