クローゼットに潜む魔
夏美かをる

ある日クローゼットを開けると
床の上に散らばったネクタイの塊が
視界に飛び込んできた
どうしたものか…?と一瞬迷ったが、
とりあえずそのまま扉を閉めた

数日経って再びクローゼットを開けると
なんとネクタイが蛇に変身していた
十匹近くもいただろうか?
それらは共食いでもしそうな勢いで
くねくね体をよじらせながら
お互いに激しく絡み合っていた
いかにも毒を持っていそうな
けばけばしい色合いのものばかりだ
私は吐き気を催しそうになったので
急いで扉を閉めた

更に数日後クローゼットを開けると
じぇじぇ!蛇は竜に進化していた
様々な紋様の鱗をはたはたと煌めかせながら
洋服の間を我が物顔で飛び回っていた一団は
私の存在を認めると
一斉に目ん玉をひんむいてシェーッと威嚇した
たじろいた私は慌てて扉を閉めた

それにしても何故彼は何日も
平気で竜を飼っていられるのか?
そのうち奴らはクローゼットからはみ出し
我が家を占領してしまうのではないか?

私は気が気でなかったのだが
竜退治は男の仕事だ!
彼がやる気になってくれるのを待つしかないのだ

そのまま半月近くが過ぎた
竜はどうなっただろう?
いくらなんでも、もう彼が退治してくれただろう
そう期待しながら ある日
そぉ〜とクローゼットを開けると…

じぇじぇじぇ!まだいた!
しかも数が増えていた!

その瞬間 鬼に化けた私は
呑気にゴルフ番組を見ていた彼を捉え、喰ってかかった

 何故何週間も竜を放置しておくのか!
 おぬし、竜退治なぞ私がやれ、とでも考えているのか!

一瞬ポカンと私を見つめた彼は
いつもののほほんとした調子で言った

 竜?竜など僕には見えなかった
 僕はクローゼットを開けたら
 必要なものしか見ないんだ

そんな言い訳が通用すると真剣に思っているのか!
更に勢いを増しそうな私の鼻息を認めた彼は
やれやれと立ち上がり
ぼそぼそ何か呟きながら寝室に向かった
これで安心!と私は胸を撫でおろした…

ところが ほんの数時間後スカーフを取りに行った私は
その場で再度息を呑み込むのだった
一匹の残党竜が靴の中から鎌首をもたげ
鋭い眼光で私を睨みつけていたのだ
緋色のボディに薄藍と山吹色のペイズリー柄を携えた
いかにもずる賢そうな奴
よりにもよって彼は何故こんな驕奢野郎を見逃したのか?
とにかく刺激を与えぬようにと
ゆっくり後退りを始めた私の形貌から
鬼の面影はすっかり消え去っていた

以来野郎はクローゼットの中でたくましく棲息している
再び狼藉仲間も増えてきた様子である
だが私はその重く白い扉を開けたなら
必要なものしか見ないようにすることにしたので
もはや奴らの姿に慄くことはなくった

所詮わらわは辰年生まれの竜女
ってな事実も相俟ったところで
丸く収まり夫婦円満
これにて一件落着!めでたし、めでたし…ってか?


自由詩 クローゼットに潜む魔 Copyright 夏美かをる 2013-05-31 03:01:54
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