病室
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病室が白いというのは比喩である。

実際、リノリウムの床は薄い青緑色をしているし、ところどころ日ざしに焼けて黄色く変色している。
また、6人部屋のベッドのひとつひとつを囲うカーテンも同じような褪せた黄色だ。
しかし何よりもまず、病室は空気がよどんでいるような気がするのであまり近づきたくはないのだが、
隣で唇を堅く結ぶ母の手前そんなことは言えない。



陳腐な比喩はいったい誰のものだろう。

病室には、花と、果物とをいっぱいに溢れさせたバスケットが置いてある。
大好きな林檎を見つけた私はくだものナイフを取って欲しいのだが、
隣で唇を堅く結ぶ母の手前そんなことは言えない。

母は唇を堅く結んだまま花を花瓶に生ける。
それから椅子に座って林檎の皮を剥く。
病室にはまな板が無い。だから皮を剥き終わったそれが八つに等分されるのは直接、皿の上だ。
母はナイフについたわずかな水滴を少しの間眺める。
(うちの人はみんな林檎が好きだ。私にもそれは受け継がれたらしい)
ようやく唇を緩めた母はピンクのプラスチック楊枝を差し込む。
傷口からわずかな水滴。


母は毎日花瓶の水を換える。
皿の上の林檎が日ざしに焼けて変色していく。

陳腐な比喩はいったい誰のためのものなのだろう。



私が最後に見た病室はたしかに白かった。
私は、陳腐な比喩を正しく消費したのだ。


(20120108:七海)


自由詩 病室 Copyright 73 2013-05-26 14:06:50
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