榎の葉っぱ
yo-yo

いつからだろう
背中に川が流れている
岸辺には
大きな榎の木がある

その川には
エノハという美しい魚が棲んでいた
むかし
榎の葉っぱが魚に変身するのを
おじいさんは見たという

退屈な日々のあけくれ
水を裂いて銀色の魚体がさっとよぎる
歓喜にふるえたのは
透明なナイロンテグスだったか
それとも少年の指だったか

掌にのこる
小判のような葉っぱをもとめて
瀬から瀬へ
エノハの水にいくども溺れた
私には鰓がないのだった

その川のそばで
母はひたすら眠りつづけている
夢の中で帰っていくのは
とっくに廃屋となった昔の家らしい
まだら模様の記憶の道を
歩けるのだろうか
泳げるのだろうか

かつてその川で
母が泳ぐのをいちどだけ見た
体を斜めにして
手足を伸ばしたり縮めたりしていたが
あれは水面に落ちた
緑色の昆虫だったかもしれない

背中に川が流れている
ふと榎の葉っぱが水に落ちる
母も私もおなじ
鰓のない私たちは
美しい魚にはなれないだろう



*
エノハとは、九州のある地域で呼ばれている、山間部の清流にすむ川魚の呼称。
榎の葉魚とも呼ばれ、榎の葉っぱが魚になったという伝説もあります。
地方によっては、アマゴとかヤマメとか呼ばれています。







自由詩 榎の葉っぱ Copyright yo-yo 2013-05-24 19:09:01
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