おとめ
壮佑


海藻の匂いが漂い
干し蛸がぶら下がる漁村の道を
おとめは エシエシ笑いながら歩く
焦げ茶色に焼けたうなじを
苦い潮風が打つ
塩をまぶしたような髪をほつらせ
おとめは よだれを拭きながら
ぼろを引きずって歩く

遠い昔の寄宿舎で
島から来た同級生に聞いた話

夜のラジオからは
ザ・ビートルズの曲が流れていた
教会で米粒を拾うエリナー・リグビー
(寂しい人々は何処から来るのだろう)
おとめの島に教会はなかったから
虚空蔵さんやお大師さんの摂待で振る舞う
お菓子を恵んでもらったのだろうか

おとめ 乙女? 「お」が付いた「とめ」
それとも音女か 音の眼か

ザ・ビートルズは歌う
誰も近づく者のいない神父の孤独
(寂しい人々は何処に身を寄せるのだろう)
おとめにも 誰も近づく者はいなかった
囃し立てながら小石や貝殻を投げてくる
子供達を除いては

磯では終日ゆっくりと
ヒトデやウニが動いている
舟を漕ぎ出せば
沖でイカリ漁の鳥が舞う
おとめの海は
マダイに追われるイカナゴの群れも
背びれを揺らせて直立するタチウオも
いたかも知れない子の記憶も
すべてを呑み込んで波打っている

おとめは奇声を上げて
子供達を追いかける
鳥のように散らばるガキども
びいびい泣きながら
ふりちんで逃げる幼児もいるが
魚網の陰から様子を窺っては
またそーっと近づいて
からかいの言葉を投げ付ける
やがて飽きてくると
鳥のように
母の待つ家に帰る

おとめは独りになり
島の西の浦まで
またぼろを引きずって歩いて行く
灯標のある岩礁に夕陽が沈む
(ああ、沢山の寂しい人々を見てごらん)
今もあの曲を聴くと思い出す
砂浜に立つおとめの丸い背中
夜ばかりの星が溶けた海のような
黒い後ろ姿

おとめよ そこから
何が見える
何が聴こえる




※()内はビートルズ「エリナー・リグビー」の歌詞(テキトー訳)。








自由詩 おとめ Copyright 壮佑 2013-05-17 19:32:20
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