自画像
アラガイs


驚きもしない
、中庭から羽ばたく音に耳を奪われる
素麻のキャンバスには西日が翳り
餌を求めに鴉が飛来して来たのだ
立て掛けた鏡の中で時間だけが立ち止まる
瞳の奥には一瞬の戦慄と震え
仄暗いアトリエの中で睨みつけた鏡は燃え盛り
ひとりの盲人が椅子に腰を掛けたまま炎につつまれていた。
朦朧と反転する光と影の描写
太郎は一日の大半を、いまだ消化しつくせぬ自分と向き合っていた 。
「絵の具とは永遠なる破壊を促す道具に他ならない 」 メラメラと燃え上がり発火する
この感情の極みこそが芸術の発端なのだと 。

おもむろにチューブから赤と青を捻り出す
太郎はそれを指先でこそぐように口の中に運んだ
(いまに苦しみがわたしの本質を曝け出す
わたしはわたしの体内を使い、苦しみを導きだすことによって芸術本来の在り方を希求するのだ)
口に含んだモノをゆっくり少しずつ吐き出すと、顎から鼻筋にかけて、また目元を一周しながら額へと塗りつけた。
太郎の顔面はみるみるうちに赤と青の混合油にまみれ
もはや仮装された化け物へと変質を遂げていた 。
部屋じゅうに散らばった絞りかけのチューブは死体を喰らう蛆だ 。
この場所に時間など存在はしない
こうしてペイントに塗り潰された自分の顔をみつめていると、未知のナニモノかが表れてくるではないか
それはワーグナーが狂騒に音術す怒涛の剱
賢人どもが石に標したプロメテウスの火種
我が身を犠牲にして峰の頂上を制服するのだ
そのうち鉱毒が身体を這い回り純脈を流し入れ、わたしは嘔吐するなかで意識を超えた最高の美感を擬似体験できる……
…便所で幾度も吐いた後、冷蔵庫から生の鶏肉を取り出して庭先の芝生に放り投げてやった。
鴉は暗闇の中すぐに舞い降りて来た。
(これは喰えないな)
「貪る黒と漆黒の闇」その様子を眺めていた太郎は瞬間、はっと、手のひらを大きく拡げるとキャンバスに向かって歩きだした。








…※推敲再改訂あり(つづく)


自由詩 自画像 Copyright アラガイs 2013-05-16 05:22:33
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