身辺雑記より(六)
たもつ
料理を注文する君の声が
空気の振動のような透明さで店内に響く
放っておくと月明かりしか入ってきませんから
と、ウェイターがカーテンを閉めていく
中央のテーブルでは座高の高い男が
大声でメニューを朗読している
嘘っぱちめ
ひし形のアブラムシとか鋭利な綿毛とか
実際にメニューにはないものばかりだ
運ばれて来た料理はとろみがかり光っている
とろみのあるものを食べながら
何か他の話をすることが僕らは好きだ
話が佳境に入ると
僕の右足はいつも変な角度でひきつってしまう
こぶらがえりね
こむらがえりだろ
座高の高い男は朗読を終えてマスターと談笑している
やはり嘘っぱちだ
マスターもまたメニューなどには載っていない
裏切り者!
後ろで誰かが叫ぶ
そちらを見た人々は
裏切ったことのある人たちだろうか
それとも裏切られたことのある人たちだろうか
振り返った僕はどちらなのだろう
店を出て死んだ列車に乗って帰る
生きた肉体を持つ僕らが少し透けている