イナエ

目覚めはじめた街の夜を 置き去りにして
東京発二〇時三〇分 のぞみに乗り込む

この列車に乗って人はどんな望みを持つのだろう
あるいは捨てたのだろう

 夜と昼の混濁したこの街は わたしには冷たかった
 人間のざわめきの中で 壁を相手にした食事 
 暮らしの気配を消した部屋に囲まれたベッド
 成長する人工岩峰を吹き抜ける無言の風
 わずかに知り合った人はかたまりあって寒風に耐えていた

が つかれた 他人の体温を分けあった生活
それでいて 自分の心を奥深く包み隠した生活につかれた

窓の外を 捨て去られた光が後方へ去っていく
闇が前方から流れてくる

光の粒が夜景を彩る街に 
滑走路のように照らし出されたプラットホームで
ローカル線に乗り換え 
光の疎らな町の暗い駅舎の
蛍光灯に白く浮かぶプラットホームで
三セクの冷えた車両に乗り換え 
日付が変わろうとしているころ
ひっそりと佇む水銀灯の光の中に降り立つ

一両だけの電車が騒々しく去っていったあと
見慣れた山が星のない空へ暗く盛り上がり
かすかな水音が黒い帯になって前方を横切っている 
それを交差した白い道が闇の中へ消えていく

この先には もう 光に満ちた夜はない
盛り上がった闇の中にちらり見えた蛍火
かつてそこに埋めた望みは 
芽吹くことなく今も埋もれているだろうか
だが どのような状況であろうと 
今は躊躇うときではない
足下に広がる闇に浮かぶ白い道へ踏みだす
闇の中で光を発していた蛍火だけが
冷えた心に暖かい場所を約束してくれそうな気がして


自由詩Copyright イナエ 2013-05-13 16:48:19
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