八重の優しさ
夏美かをる

娘の担任の先生から突然メールが届く
件名は娘の名前
かすかな心臓の高鳴りを覚えながら
本文を開ける
文字が目に飛び込んでくる
“She had an accident!”
アクシデント!?

ざっと視線を滑らせた後、呼吸を整えて読み返す

カーペットの上にみんなが座って
先生の説明を聞いていた時
娘の隣に座っていた子が
娘のお尻の下が濡れていると指摘したそうだ
咄嗟に先生は
誰かが水をこぼした所に
娘が座ってしまったのね、とその場を取り繕い、
休み時間になってから
無言のままの娘を保健室に連れて行ってくれたらしい

“保健の先生が、予備のパンツとジーンズに着替えさせてくれたから
 大丈夫、クラスの子の誰も気がついてないと思うから、
 大丈夫よ
 でも、もしも家に帰ってから
 誰かに何かを言われたと訴えた場合は
 直ぐに連絡を下さいね
 彼女しばらくは濡れたままだったみたい
 全く可哀想なことをしてしまいました”

メールを閉じ 窓の外に視線を移す
八重の桜が咲き乱れている

発達障害のある娘
ああ、だけど、九歳にもなって
学校でお漏らしなんて…

顔が火照る

溜息がこぼれる




午後四時
いつも通り黄色いバスがやってくる
二歳下の妹が先に降りてくる
その後に娘が…

満面の笑顔で

躍り出てきた!

そして
まるで摘みたての苺でも入っているかのように
濡れたズボンとパンツを収めたスーパーの袋を
私の目の前に高々と掲げた

「ママ、お集まりの時間の時チッチが出ちゃったの。
 でも大丈夫だった。
 先生が保健室に連れて行ってくれた。
 ママ、すごいんだよ。
 保健室にはねぇ、着替えのズボンもパンツも沢山あったんだよ。
 保健の先生が私が履いてたズボンと同じみたいだからって
 これを選んでくれた。
 パンツも選んでくれた。九歳用のパンツはなかったけど
 八歳用のパンツがちゃんとあったんだよ、ほら!」

そこまで一気に言った彼女は、シャツをまくって
履かせてもらったズボンを少しずり下ろし、
鮮やかな黄緑色のパンツを自慢げに見せてくれた

「よかったね」
光の腕を精一杯伸ばして
後ろから娘をそっと抱き締めていた太陽が
その瞬間ギュッと力を込めて
娘の輪郭を滲ませたので
私はそれ以上何も言えなくなった




桜の木をめがけて 娘と妹が駆け出す
花陰で子猫のようにじゃれ合う二人を見て
「ああ、写真を撮らなければ」とひらめき、
私はカメラを取りに行く

ポーズをとらせたら
気まぐれな春風が急降下してきて
花びらを一斉に吹き飛ばす

はら はら はら はら
薄紅色のハートが
娘の上に舞い落ちて来る

はら はら はら はら
二人の先生が娘に注いでくれた
たおやかでやわらかい優しさが
娘のおかっぱ頭に 
妹の腕にしっかり抱えられている肩に
ピースサインの指の間に
幾つも幾つも
舞い落ちて来ている
惜しみなく 舞い落ちて来ている


自由詩 八重の優しさ Copyright 夏美かをる 2013-05-04 03:07:52縦
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