帰る(五月雨降られ): 2013
AB(なかほど)

どうしようなく
遠くなってしまった

と思っていたのは気のせいで


僕は簡単に
うつむいてしまった

葉擦れの音、踏切の音、雨の降り始めのにおい


何ひとつ同じものはなく
何ひとつ違わない

君は笑ってるだろうか


簡単に泣いてしまった









帰る(五月雨降られ):2003


五反田へは
品川まわりの方が早いけど
君を思いだすために
久しぶりの家並みを見ながら
今の僕には池上線が
ちょうどいい速度で
君と出かけた日
洗足池で降りだした雨は
五反田で本降りになっていた
東急デパートの屋上にテレビヒーローが来る
はずだったんだよね
もう帰ろう
その一言だけが君の思い出
たったそれだけだったのかな
足をぶらぶら
でんしゃ
でんしゃ
えほんのとおりに
ガタン ゴトン
おうたのとおりに
ガタン ゴトン
洗足池で降りて
ベンチに座って僕は待っている
次の電車が来るのを
その次の電車が来るのを
その次のあの日の君の電車が来るのを
洗足池の水面に
信号のない横断歩道に
君が乗っている電車に
僕が立ち上がったホームに
雨が落ちて来るのを
君は電車の椅子に座って
足をぶらぶら
でんしゃ
でんしゃ
えほんのとおりに
ガタン ゴトン
おうたのとおりに
ガタン ゴトン
君を思い出すために
僕も足をぶらぶらさせてみる
もう少しで降ってきそうだから
もう少しぶらぶら

もう降らないのかもしれない
もう降っているのかもしれない



東京出張の際にはいつも
千鳥町の駅近くの旅館に素泊まりをする
「観月」という名前は
大観が仕事宿として長逗留した折に
部屋から見えた月を愛でたことに由来する
らしい
その屋敷の鬱蒼とした
木立の合間から見える月よりも
その葉々に当たる雨音の方が
よっぽど いいよ
と言ったのは
幼い頃からその旅館前を通学路にしていた
君の言葉だった
田舎から進学のため上京した僕には
そのあかぬけた標準語に
浅い嫉妬のようなものもあったが
もうそんな言葉も
聞く事はないのだろうと思いながら
千鳥町の駅で降りた
いつもの旅館で素泊まりを頼むが
いつもと違って
テレビも点けずに
窓を少し開ける
自転車の音
子供の帰る声
シャッターを閉める音
客の出入りを検知するチャイムの音
葉ずれの音
踏み切りの音
雨の音はまだ聞こえず
いつもは待ち望んでいた
月が見え始めるから
まだ僕は
窓の外の音に耳を澄ませている
ようやく
雲がかかり始めた月を見ながら
君の
よっぽど いいよ
という声を
また思いだしている
ざわっとひと風ふいた
もう少しで降ってきそうだから
もう少し耳を澄ませている

もう降らないのかもしれない
もう降っているのかもしれない



戸越銀座商店街は
貧乏研究生のオアシスで
なかなか馴染みにしてもらえなかったが
いきつけの定食屋もいくつかあり
あの日一服した後
雨もあがったから国文研に行かないか
と君がなにげにいいだしたので
行ってはみたものの
古文アレルギーの僕は
中に入る気にもなれず
時間を決めて
隣の戸越公園で噴水を眺めてた
帰り道
戸越銀座の駅が見える頃から
かゆいなと思いながらモゾモゾ
としている僕の顔を見て
君は怪訝そうな顔をしてたが
家具屋の鏡に映った僕の
首筋からプツプツが沸き上がって
顔中に広がろうとしていた
雨上がりの樹木からしたたり落ちる液に
かぶれたんだろう
やわだなあ なんて
あんなに笑うことはなかったじゃないか
君のせいなんだから
それに君の方がずっとやわなのは
知っていたさ
僕よりもずっとやわなのは
と思いながら
戸越銀座の駅で降りた
もう一度公園まで歩いて
噴水を眺めてくれば
笑い声が聞こえてくるのだろうか
雨も降っていないのに
君の専攻はなんだったけか
君の探していた文書はなんだったんだろう
君の見たかった世界はなんだったんだろう
あの店の前で笑い転げてた君にはもう
もう見えていたんだろうか
雨を待ちながらゆっくり歩き
あの日入れなかった国文研に入る
もう少しで降ってきそうだから
もう少しここで探してみる

もう降らないのかもしれない
もう降っているのかもしれない



あの日の雨は

もう降らないのかもしれない
もう降っているのかもしれない


僕は目を閉じて
五月雨に降られたなら
君の笑顔が
見えるのだろうか
それとも
あの五月雨に濡れたなら
君は遠くへ
消えてしまうのか


五月雨ふられ
あの日の君は
五月雨ふられ
今 僕は
        雨

洗足池に降る雨を
鈍行列車に降る雨を
庭の木立に降る雨を
窓の木枠に滲む雨を
商店街に降る雨を
書架の向こう降る雨を
あの日の
君の全てに降る雨を


その雨は

もう降らないのかもしれない
もう降っているのかもしれない




五月雨ふられ
君は笑うのか
五月雨降られ
君は消えるのか     雨
五月雨ふられ
僕はどこにいこう


もう少しで降ってきそうだから
もう少し目を閉じてる

      雨

もう降らないのかもしれない
もう降っているのかもしれない
  
          雨
あの日の雨は

もう降らないのかもしれない
もう降っているのかもしれない


 


自由詩 帰る(五月雨降られ): 2013 Copyright AB(なかほど) 2013-05-03 12:06:25
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