儀式番外 父の忌明けに
イナエ


古いアルバムをひろげ
遠い国の人を見つめるように
父や母の写真を
一枚いちまい確かめている妹よ
おまえを世に残して消えてしまった母の
記憶がないからと言って嘆かないでくれ

 ぼくの中のおまえの母は 
 夕方の薄暗い小さな台所の 裸電球の下で
 家族の夕食をこしらえているけれど
 顔の見えない墨色の影
 
その後 母はどこに行ったか
ぼくの中から消えてしまったー

母が おまえを産んで亡くなったと
聞いたのは 四歳の頃
葬式も 別れの記憶もないけれど
今は想像できる 
 生まれて間もないおまえを
 抱くこともできないで
 逝ってしまった母のこころ

父も 叔父も叔母も 亡くなった今
おまえの母を知っている人は
もういない

まだおまえには話していないけれど 
父のタンスの引き出しの奥深く
ひっそりと入れてあった古い手箱
父は 何も語らなかったけれど
変色した和紙に包まれた
歯の欠けた櫛と螺鈿らでんの毀れたこうがい
そして
おまえの名が書かれた
小さな桐の箱
真綿にくるんだ臍帯が入れてある


 


自由詩 儀式番外 父の忌明けに Copyright イナエ 2013-05-01 13:51:48
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