儀式4 転生
イナエ

タンスの上置き 小引き出しの奥深く
潜められていた桐の小箱
黒ずんだ表面に彼の名が沈んでいた

初めて見る彼自身の臍の緒(へそのお)
波立つ胸を押さえ 箱を開く

 母はこの管を通して
 彼に何を伝えのだろう
 声を求めて古いアルバムを
 何度さまよったことか
 だが母は 
 あらゆる感情を排除した形を
 写真に残して
 去ってしまった

不意に気配を感じて目を上げた鴨居
彼より若い母の
にらむような視線に触れ困惑する

現実に引きもどされた彼は
この堅く乾燥した管の先に 
母は もういないことを悟った

 父の胸中深くに生きていた母は
 あの日 壁から噴き出す炎に焼かれ
 死を完成させたのだ

この世に存在した痕跡は
紙に転写された姿と
墓石に刻まれた名だけになってしまった

いやそうではない

母の残した生命は
彼から 次の世代に 
母に似た娘のなかで生き続けている


自由詩 儀式4 転生 Copyright イナエ 2013-05-01 09:56:02
notebook Home 戻る