儀式1 喪失
イナエ
病室に眠る人の腕に滴下する液は
機能を失った腎臓をすり抜けて全身を潤し
枯れた膚に青く透けるような艶と張りをみなぎらせた
目で合図を送って廊下に出た医師は
一緒に出た家族に覚悟を迫る
「出来ることは全て行いました
このまま点滴を続ければ内蔵が溺れてしまいます。
これからは薬で痛みを抑えるだけで あとは…」
命をベッドに繋いでいた様々な鎖が解かれた
老人は薬品に頼った健康な笑顔を
周りの人にみせ 夢を甦らせる
「明日は帰れるな」
そう明日は… だが…
これからはじまる儀式に備えて
昼も夜もなく看病していた家の者を帰し
彼ひとり病室に残る
夜がはじまる
痛みが老人の全身を襲う
顔が引きつり 喉が苦痛を訴える
医師は痛みを止める液を身体に送りこむ
が…
呼吸の度に 声帯を擦る悲鳴が病室を震わせる
彼は 老人に呼びかける
だが 見開いた目は遥かな宙を見つめ
規則的な悲鳴は 乱れることはなかった
医師は言う
「死がはじまりました もう苦痛は感じないでしょう」
苦痛のような悲鳴は
逃げ出る生命を呼んでいるのか
悲鳴は
真夜中を過ぎても
病室を抜けだし廊下を走る
彼は声を追って廊下に出た
待合室の見知らぬ人たちが見つめる
彼は首を振る
が 不意に明るいこえが出る
「声のする間は生きていますから」
その瞬間彼の中の老人は死んだ