馬酔木のうた
石瀬琳々
弓弦が啼いている
火と風の言葉で
戦いはもう終わったと
あのひとはもう帰って来ないと
裸足で駆けてゆく濡れた樹下闇
白い裳裾を引きずりながら
胸には冷たい雫が流れ込む
いつか二人だけで感じた夜露のように
あのひとの手のひらはあたたかかった
草をちぎる指先に血がにじむ
あのひとの頬はあたたかかった
顔と顔を寄せ合って交わすくちづけ
あのひとは燃えるいのちだった
風は知っていた 火はすべて見ていた
私の腕輪は真二つに割れた
馬酔木を手折りもう二度と帰らない
刀子を握りしめもう二度と帰らない
――びゅん、弓弦が耳元で弾ける