彼と彼女とふくれっつら
石田とわ




キッチンからいい匂いが漂ってきた。
大掃除の今夜は彼の得意なビーフシチューだ。

「おいしそうだよ」
リビングのソファでふて寝をしている彼女に声をかけてみるが
返事がないところをみるとまだふてくされているのだろう。

           
原因は大掃除の「新聞だし」だった。

そもそも家ではゴミ捨ては彼女がやっている。  
が、めんどくさがりでおおざっぱな彼女はこまめに新聞を
だしていなかった。
           
大掃除の今日それぞれを分担し、キッチンから浴室まできれいに
汚れを落とし、片づける。
リビングと本整理、キッチンは彼の担当。
彼女は浴室、トイレ、寝室。
私は自分の部屋と玄関だ。

彼の使うキッチンはいつもきれいだ。
リビングの床を磨いて、窓を拭くとさっそく本の整理に取り掛かる彼。
整理しながら読みだしているのだけれど、それもいつものことで
彼はいつの間にか片づけてしまう。
         
そんなところへ彼女から声がかかる。
「新聞だすの手伝って」

「自分でやりなさい。それは毎週捨てるべきものだ」
立ち上がる様子もなくそのまま本を手にする彼。
        
彼はこうした時、とても厳しい。
どう考えても彼女の分が悪い。
           
「もういい」
彼女はそういってバタンとドアを閉める。

「手伝うよ」
後を追いかけ、そう声をかけるが
「自分でやります。もう掃除が終わったなら休んでなさい。」
           
あーあー、こうなると彼女は面倒だ。
自分が悪いくせにすぐ意固地になる。
とばっちりを受けないように彼のところへ非難する。
           
「手伝ってあげたら?」

無駄だと思いながら彼に言ってみる。
「そろそろ夕飯の下ごしらえをするかな」
彼はわたしの頭に手を置き、キッチンへ向かう。

彼は時間を見ながら丹念に肉を煮込む。
その作業はほとんど半日かかり、ワインが一本煮込まれてしまう。 
時間をかけて煮込んだ彼のビーフシチューの美味しさと
肉の柔らかさはどこの店にも負けない。

           
すっかり陽はくれた。
           
           
「さぁ、夕飯にしよう」
彼は彼女のふてくされた様子を気にかけることなくいつもと
同じ調子で食事の支度をはじめる。

「いただきます」
彼と私の前にはビーフシチュー、パン、ブロッコリーのサラダが
並んでいる。

彼女の起き上がる気配がする。
「ワインが飲みたい」

           
彼は笑ってグラスを取りにキッチンへ向かう。
「今夜はみんなで一緒に飲もう」
彼の手にはグラスが三つ。

「ごくろうさま」
           
彼のその一言で彼女はにっこり笑い、一緒に食卓につく。
さっきまでふてくされていたのが嘘のように彼女は無邪気に笑う。



彼でなければやっぱり彼女は扱えない。
                              
 






散文(批評随筆小説等) 彼と彼女とふくれっつら Copyright 石田とわ 2013-04-11 16:29:51
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