透明人間と
たもつ


【透明人間の憂鬱】

透明人間の悩みは
最近、髪の毛が薄くなってきたこと
これでも若いころは
リーゼント、ヨロシクきめて
ハマのあたりでバリバリに透明だったぜ、ってなもんで
今ではバッサリ落とした七三わけ
毎朝、鏡の前で
育毛剤を専用ブラシでトントントントンとやって
ああ、今日も透明でよかった
安堵のため息をつく



【透明人間の「さよなら」】

透明人間は「さよなら」という言葉が好きだ
綺麗で美しい響き
何より「さよなら」と言ったときの
口の動きが素敵だと思っている

透明人間は誰にも「さよなら」を言ったことがない
気がつくと、仲間の透明人間はいなくなっている
恋人もそんなふうにいなくなった
自分もいなくなる時はいつもそうだ

「さよなら」
つぶやいてみる
言葉は季節風にのって
はるか異国の地にとどいた
初めて聞く異国の言葉に
少年はあたり見まわしたが
空耳かな、と壁にボールを蹴った



【透明人間の考察】

透明ではない人間には
不透明人間と
非透明人間と
未透明人間がいると
透明人間は考えている

三種類もあるから
透明ではない人間の世界には
争いが絶えないのだ、と

透明人間は透明人間

透明人間は眠くなった
洗いたてのタオルケットが気持ち良い

眠っている間も透明でありますように



【透明人間の週末】

透明人間は週末になると
水族館に行く
最近は特にマンボウがお気に入りで
日がなその水槽の前で過ごす

閉館後も透明人間は帰らない
透明人間は時々思う
閉館なんて変なシステムだ
すべての人間が透明なら
こんなシステムはいらないのに

透明ではない人間は
死んだら土に還るというけど
透明人間が死んだら
海か空に還るのではないかしらん

守衛室から失敬したドーナツを食べながら
マンボウの優雅な泳ぎにうっとりする



【透明人間の夢】

空を飛びたい、なんて夢見てたのは
昔の話さ、と透明人間

カチャリ

自動券売機で切符を買う透明人間
都会ではひとりでにコインが宙を飛んでも
誰も驚かない
ありがたいことだ、と透明人間



【透明人間の思い出】

写真たてには空ばかりの写真
ここに自分がいて
そのとなりに恋人がいて

今、雲が笑った?

いや、思い出と名のつくものは
いつでも気まぐれに振舞うものだ



【透明人間の願い】

透明人間も
透明ではない人間も
幸せでありますように





【さよなら】

私のノートから
透明人間がいなくなった

それは突然に、というより
透明人間が足の方から
徐々に消えていく感覚

風でノートがめくれる

「さよなら」

の文字

以降、空白のページ




自由詩 透明人間と Copyright たもつ 2003-06-23 16:30:41
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