ベッドサイド
宮前のん
医者になって十三年目の夏。
病棟を回診して、今日も313号室へ入る。
そこは、病棟の患者さんのうちで密かに「十三号室」と呼ばれている、重症部屋なのだ。
5床あるベッドのうち、1つ目のベッドには痴呆の女性が眠っている。
食事することすら忘れた彼女が、会話を成立させることはない。
2つ目には肝硬変の男性、余命いくばくもない。
点滴だけで命をつないでいて、もう意識が無い。もちろん、呼びかけにも反応しない。
3つ目には脳梗塞の男性。彼は3日前まで普通にしゃべっていた人だ。
言語中枢をやられたらしく、こちらの言葉には耳を傾けるが、発語が無い。
言葉を構築する能力が昨日から失われたのだ。
4つ目には知的障害の男性。小学校2年生のレベルで止まっている彼の知能。
善悪の判断も、難しい言葉も、彼には理解する必要すらない。
5つ目のベッドは空床だ。
その上に腰をかけて、私は詩を作る。
私の思いを、私のイメージを、言葉に載せて、詩を作る。
丹誠込めて。一生懸命。
悩んで、迷って、あちこち直しながら。
その詩が、彼らの内に届くことは、永遠に無いのだけれど。
(初出:「詩と思想」8月号掲載)