看取り(6)
吉岡ペペロ
看取りは二晩続く。
その二晩が終われば二日お休み。そのあとは三日間通常の勤務。そしてまた看取りだった。
看取り二日目の日はいつも息子は老人ホームで遊んだ。
すっかり人気者だね、
同僚がぼくを起こして楽しそうな顔をした。ぼくはまた107号室だ。
看取り二日目の杉下さんは昨夜よりかは安心して見つめることができた。
でも慣れることはなかった。消えない塵が脳みそや筋肉に積もってゆく。
真剣な遊びをしているといつのまにか振り出しに戻ったみたいになって違う考えごとをしている自分を発見する。
妻もこんなふうにして誰かに看取られて逝くのだろうか。
妻の裏切りをぼくは裏切りとは思っていなかった。
でも息子はちがうだろう。
息子はママがいないことでぼくを責めたことがないような気がする。だから息子は妻を責めているのではないか。
息子がもしぼくも妻も責めていないのだとしたら彼はどれだけ苦しいだろう。
息子の寝顔を思った。胸に鈍痛が走りぼくは思考をとめた。
この痛みは母国のことに違いないと思ったからだ。
杉下さんは持ちこたえてくれた。午前のひかりの家路を辿りながら息子のホームでの話を聞いていた。
すき焼き食べに来なさい、って言うよ、
すき焼きか、パパもよく言われるんだ、
いっしょに行こうよ、すき焼きって、おいしいんだよ、
すき焼き知ってるのか、
きのうの夜ごはん、肉じゃがだったでしょ、
息子は同僚の立石さんに肉じゃがをもっと美味しくしたのがすき焼きだと教わったのだそうだ。
風が強い。風が春のひかりから熱を奪っていた。
埃が舞う。アスファルトに付着した埃たち。
花粉症の同僚が花粉症はアスファルトのせいだと言っていた。
きれいな道になったお陰で、花粉がどこにも行けずに舞っているの、
どういうことですか、
杉の山の麓でも道が土のあたりでは花粉症にはならないらしいわ、
同僚がマスクをでこぼこさせながら教えてくれた。
お、とととと、
息子が風に身を任せてふざけていた。
カメラの音がした。
振り返るとこのまえの女の子がこんにちわというような顔をしてまた挨拶がわりに数枚撮った。