ねこと神楽坂
salco

よく晴れたからお散歩に行ったよ新宿に
気持いいから君も誘ってあげようと思ったけど
五丁目まで行ったところで日が暮れてしまった
靖国通りは駐車タワーを過ぎると途端に郊外じみて
人影の絶えた街は芒の原みたいだ
振り返ると
虹色に着飾った都会がもう遥か夢のあわい

おでんの匂いに誘われて富久町に入ったら真っ暗で
あたしは道に迷ってしまい
二度と出られないかと思ったよ
小さな家々は墓石みたいだし高塀は刑務所みたいだし
たまさか路地から現れる男は皮剥ぎみたいに胡乱だし
それで、すっかり怖くなって
通りがかった自転車の奥さんに道を尋ねたんだ
そしたらさ、殺人現場に続くような坂のすぐ下が
靖国通りだと言うじゃないか
崖下を覗くとその通りで
ヘッドライトが忙しく行き来している

あたしはすっかり嬉しくなって、尻尾を跳ね上げた
お祭りに出かけるみたいに石段をぴょんぴょん下りたよ
それから道なりのローソンでうぐいすあんパンを買って
遠い遠い新宿駅を目指した
だって夜だからね、君ももう眠たい頃でしょう
途中でかっこいいお兄さんのお尻に目が行ったけど
神楽坂は明日にしようと思って、そのまま帰った
そして炬燵で眠った
疲れたからね
すごく、すごおく眠って
目が覚めたら体じゅうが痛くてさ
ああ、君に会いたいけど
昨日はそれで歩き過ぎたんだとわかった

ねこは神楽坂にいて
にこにこのお天道様の下、あの賽銭箱の横で
じっと人通りを眺めるのがいちばん幸せなんだけど
そんなわけでしばらく延期することにしたよ
だから君は趣味の鉛筆削りに精を出してていいよ
明日、宅配便でかつおぶしを送ってあげるね
君の手の匂いをお礼のはがきに今度はちゃんと付けてね
だって優しいから指紋までもが懐かしい
君は蒲団わたより優れた人だよ
とこしえの春の匂いがする


自由詩 ねこと神楽坂 Copyright salco 2013-03-14 23:17:13
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