青空
赤青黄
男が狭い部屋の中を行ったり来たりしている
足踏みの真下の階に住む主婦は
その音のうるささに顔をしかめていて
いつ天井に向けてスリッパを投げつけてやろうか
さっきからずーっと考えていた
マンションの階段を誰かが登ってくる
これはヒールの音?
鋭い、
カッカ、という音、
一定のリズムによって
刻まれる
等間隔で刻まれる鋭い音は、
階段を登る女性の
姿勢の良さを
なんとなく匂わせる
その音に反応するように
このマンションの二階にすむ男性が
新聞から顔を出しベランダの方を見やった
隣の部屋からは
大音量の音楽、が
何のジャンルかさえ分からない音楽が
一曲につきちょうど三分間のインターバルで
コロコロと変わりながら
流れてくる
その音を掻き切る音、
それはつまりヒールの音で
男の新聞紙をめくる音は
やはり雑然としていて
一定のリズムがない
ハクションはくしょん!
下の階から大きな音。
今は春の季節、いやまだ春ではないか
そうだ花粉の季節だ
男は新聞紙のページを捲る
そして今日の献立を考える
あちっ
という声が隣の部屋から聞こえる
男はコーヒーが飲みたくなって
立ち上がる
と
また誰かが階段をどたどた
今度は子供か?
いや、この音は新聞やだろう
あのセッカチな青年
上の階では男が狭い部屋を行ったりきたり
右手にはゼロの文字が一つの
預金通帳
左手には縄
ドンドンドンドン
チャイムがあるのに
あの青年は
扉を叩く
よく叩く
男はやかんに水を入れ
火をかける
また誰かが階段を登ってくる
と同時に降りていく
交差する二つのリズムは
やっぱり雑然としていて
ヒールより美しくない
よの中には
美しいものと
そうでないものと
二つあって
そのうち階段を上り下りする音は
どっちの性質も持ち合わせているから
面白いよね
ピューと吹くやかん
こぽこほとお湯を注ぐ男
鳴り止まない音楽どんどんどん
階段の真ん中で立ち話を始める主婦と主婦
また隣部屋の音楽が変わる
今度は陽気な音楽
どうやらジャズみたい
ああ、生活の音が鳴り響くここは雑然とした美しい世界
男は新聞紙をたたむ
コーヒーを右手にベランダに出る
二階からの景色は
実をいうと
あんまりよろしくなくて
でも
青空だけは
ここから見る青空だけは、
格別なんだということは知っていた
すると
男がベランダに出たのをきっかけにして
男は狭い部屋をうろつくのをやめて
主婦はスリッパをソファーに放り投げて
立ち話はちょうどいい所ですっと止まって
音楽がマンションからいなくなって
みなベランダに出で青空を仰ぐ
あらゆる音が青空に向かって飛び立っていく
青空だけは
ここから見る青空だけは、
格別なんだということを
このマンションに住む住人達は知っているのだ
男コーヒーをすすると
隣の部屋からくしゃみの音がしたので
男はくすっと笑ってしまった
すると
男のコーヒーから湯気が飛び出して
するするとマンションの外壁に沿って上昇していくのだった
まっすぐに昇っていった、
人々の生活が切り取られた窓を一つずつ包みながら、青空に向かって