マスクマン
赤青黄
マスクマン
ごほっごほっ
花
粉よ
り
も
風邪、
よりも
ヒドイ、鼻水。。。
―ごほんごほん
〜くしゃみ、くひゃみ
鼻から流れ出る流しソーメンを
束ねて編んで
みつあみを作った男がいた
―ごほんごほん
「くひゃみがとまらない
そんな夜に鼻水でみつあみを
作った男は
そのみつあみを隠すために
マスクをしている
らしい」
と、誰かがひそひそ噂話をしていた
ご
ほ
ん は
ご な
ほん 、
た
れ
る放たれる!
「鼻毛の詰まった
二つのアナから
二十センチくらい
伸びた鼻水は
男の宝物であった
頭の髪が少ないことに
悩んでいた男の夢は
自分の髪の毛でみつあみ
を作ることだったからだ」
↑これもまた噂話
―ごほんこほん
ススルコトの出来ぬ鼻水
―失いたくない、ただその一心のみ。
(男はここ一週間鼻水を拭いていないらしい)
↑誇らし気に主張する通行人Aの話
〜〜、
マスクは鼻を包むゆりかご、
くしゃみをしても鼻水はそのゆりかごに
受け止められ
また同じ場所に戻る
綺麗に折りたたまれた鼻水は
マスクと顔の間に作られた
僅かな空間の中に
ぴったり収まっている
―ごほんごほん
―風邪じゃないのに咳を吐く男
―くしゃみだけはしてはならない
―謎の使命感が、男を包み込む
―そして謎の疲労感が男を揺れ動かす
―ごほんごほんも男のマスクを揺れ動かす
「風の噂によると」
「男には子供がいなかった」
「幾つ物不幸に見舞われていた男は」
「公園のベンチに沈んだ気持ちで座っていた」
「打ちひしがれていた男の髪は」
「油でてかっていた」
「そんな男のに降り注ぐ鳥の糞は」
「男の頭を美しい白髪に染め上げ」
「男の感情を」
「ぐちゃぐちゃにした」
「まあそんなこんなで」
「男はむしゃくしゃしていた」
「そこで思い切りべンチをブンと蹴り上げたところ」
「小指の先端をガンとぶつけた挙句」
「ぽっきり折れてしまったとかなんとか」
↑むろん、身も蓋もない噂の一つ
*
*
ゆりかごの中の鼻水は
日に日に大きくなっていった
マスクの表面は鼻水を支えるために
ラップでぐるんぐるんに巻き、テープでぺたぺた補強されていた
ごほんごほんの回数は日に日に多くなるばかり
(証言によると、男は一ヶ月もの間マスクを外していないそうだ)
>>マスクを揺れ動かす鼻水の胎動>>
〜〜、〜〜
『でそうなものをでなくすること、
そんな生活を始めて、早数ヶ月』
『だかおれは、くしゃみをしてはならない』
『くしゃみをすることは、あいつとの
約束をやぶることになるからだ』
『くしゃみをすることは、マスクを
破ることと同じだ』
『それだけは、してはならない』
男の鼻水はいよいよ顔の殆どを覆いつくすまでになっていた。
男は鼻水と闇の中で延々と手記にぐちゃぐちやな文字を書き付けていた。
男は常に大衆から酷い扱いを受けていた。
マスクをはがされそうになったこともあった。
市の職員が来て、男をどこかに連れさろうとした。
だが、男のマスクは膨れる一方だった。
男は毎晩鼻水に歌を歌いながら眠りに付いた。
なかでうごめく、はなみずをあやすように。
〜〜。 〜〜。
「女の姿があった」
「駅前のコインロッカーの前だ」
「その姿は監視カメラが上手く捕らえていて」
「コインロッカーにぎりぎり」
「入るか、入らないか」
「くらいの」
「ものを」
「押し込めた後」
「鍵もかけずに」
「女はどこかに」
「消えてしまったらしい」
「そのあとすぐ」
「に」
「例の男がやってきて」
「そのコインロッカーから」
「はみ出していた××を」
「見てしまった」
「とか」
「なんとか」
<<鼻水の胎動>>
男のマスクは決壊限界寸前だった。
数ヶ月の間に溜め込まれた鼻水は幾重にも重ねられたラップという
ラップを通り越し、ついに最後のラップを食い破ろうとしていた。
誰もが男の前で立ち止まり
その痙攣を続ける男の体を見つめた
誰かが救急車を呼んだらしい。
男はけたたましいサイレンと共にやってきた救急車へ担架で担ぎこまれると
すぐさま病院に搬送された。
救急車が過ぎ去った後で、
町行く人々は不思議に思うのだった、
なぜ、あれほどまでに抵抗していた男が、
今日に限っておとなしく他に従ったのか、
*
男は車内の中で延々とうなり続けていた。
「○○さん!聞こえますか!○○さん!」
救急隊員の呼びかけに応えることはせず、
男は延々と深呼吸を繰り返していた。
〜〜、〜〜、。
サイレンが鳴り響く救急車の中は
ひどく静かだった
男の呼吸音ばかりがけたたましく車内を駆け巡り
男の呼吸音だけがこの車内の、いやこの世界の空間の音を
支配していた、
すると、
後部座席にいた二人の救急隊員の内、
ずっと男に呼びかけていた人が突然黙り込んでしまった
―急にどうしたの?
「いやさ、これ」
―この頭についてる奴?
「よく見てみろよ、」
「こいつ」
〜〜、
動いてやがる
中で、なにかが
二人はおぞましい目つきで
マスクの中に閉じ込められているものを見つめた
二人の目線の先にあるものは
歪んだ1つの卵であった
鼻水によって形取られた一つの図形が
一つの音とともに崩壊する
とめどなく溢れる水を止める手立てはなく
アスファルトの上で爆走する救急車は
一つの叫びと幾億もの水水水の内圧に押され、破裂した
。
*
**
*
*
**
*
*
*
「これは風邪が話していたことだが」
「なんでも男は」
「去年」
「偶然開けた」
「コインロッカーの中に」
「一つのいのちを見つけたそうだ」
「風邪の噂によると」
「男はいのちが差し出した」
「手を」
「受け取ろうとして」
「受け取らずに」
「自分の財布の中身を見て」
「扉を閉めた後」
「どこかに」
「走り去っていったらしい」
「鼻水をたらしながら。」