物語たち
はるな


予想よりも早い、5984625465回目で
男はガラスをすり抜けることが出来た
彼は喜びにふるえ咆哮したが
すでに彼の妻も子も親も友も存在しなかった
彼自身の声も拳も涙も
すでに存在しはしなかった

*

物語たちは夜になると裏返り
教訓や戒律を脱ぎ捨てて踊り狂った
物語たちが熱を帯びれば帯びるほど夜は黒くなってゆき
しだいに灰色に燃え尽きていった
最後の物語はいつも
赤く長い尾をひからせて倒れたので
朝が来るたびに世界のふちは赤く燃えさかった

*

やさしい女がいた
女のからだは白い黴に覆われ
そのため微笑みはいつも実際よりも遠くにかすんでいた
やさしい女は祈っていた
自分以外のあらゆるもののために
あらゆる生きているもののために
あらゆる死んでいるもののために
世界じゅうの言語で祈っていた
そしてそれは始まってから、終わることがなかった
人びとは女を気ちがいと呼び遠ざけたが
女はまさにそんなものたちのために祈りを祈っていた




自由詩 物語たち Copyright はるな 2013-03-03 16:30:00
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