看取り(4)
吉岡ペペロ
眠りから目覚めてしばらくのあいだぼくは不安なことのない世界にいられた。
息子と公園で遊んでいちど家で仮眠をとった。
夕方のひかりがベランダから射している。布団のおもてがすこしひんやりしている。
きょうは死なないで、ぼくはそう思ってもう不安のない世界が終わってしまったのに気づいた。
ピンク色に黄ばんだ夕方の道を息子と歩いてバス停に向かう。
夕方の道を看取りのために歩くようになってからぼくはその道中ずっと願わずにはおれなかった。
きょうは死なないで、誰も死なないで、
話しかけてくる息子に勘で受け答えしながらぼくはそのことばかり考えていた。
バスの座席は小さすぎて低すぎてぼくはいつも立っていた。座って息子はいつも眠った。
息子の寝顔を見つめて隣に座る女の子が微笑んでいる。ぼくは彼を見つめてため息を吐いている。
ぼくは選択を間違った。看取りなんてするんじゃなかった。
次の停留所のアナウンスが聞こえて停まりますのランプが点灯した。
女の子にスミマセンと声をかけて車窓にあたまをつけている息子の肩を揺らす。
静かに思い出したような目をして息子が目を覚ました。ぼくはその顔に微笑みかけた。
微笑みかけながら息子もしばらくのあいだ不安から解放されているのだろうかと思った。
と、女の子の顔がぼくの目のまえに突き出されてびっくりした。
いい顔だわ、こんど写真を撮らせてくれないかしら、
ぼくは反射的に微笑みを返していた。
バスが揺れて女の子を避けるように狭い通路でぼくは吊り革につかまっていた。
息子がぼくと女の子を見つめていた。
きゅうにスミマセン、でもとても素敵な顔をしていらしたんで、
頭をぺこりとさげて女の子は席に座りなおした。それからまた顔をぼくに向けて口をとがらせた。
ぼくも息子の目にむかって口をとがらせた。息子は興味がないという仕草をして首をかたむけた。