「或る呼び出し」
赤青黄
休み時間は
呼び出し時間だ
学校の休み時間は
呼び出し時間だ
それは
だれもが知っているようで
知らないことの
1つでもある
さて
今日も学校で
誰かの名前が
叫ばれる
唐突に
休み時間に
全ての
箱型スピーカーから
魔法の言葉が
名前が
名指しで
呼ばれる
ぴんぽーん
「生徒に連絡します
三年三組の森田君は至急藤田先生の所まで
来てください」
ピンポンパンポーン
若い女教師に名指しで呼び出しをくらった
一人の男は
クラスの男子から喝采を受け
クラスの女子からは「ちょっとそこの男子」
というブーイングを受けていた
男は髪の渦巻きの中心を
右手でゴリゴリ掻きながら
席を立ち教室を出る
扉を閉める
廊下を一人で歩く
トイレに向かう女子の一群とすれ違う
ちょっぴり教室を振り返る
歩く
水道の蛇口が上向きになっているのを直す
ひねって直す
水が垂れる
男はまた右手で髪の渦を巻く
歩く
「なにかしたっけなぁ」
腕を組む
ちょっとだけ考えてみる
歩く
女子とすれ違う
遠くでパトカーの音がする
蛇口がまた上を向いていたので
直す
水が垂れる
袖に水が付く
拭う
渦を掻く
歩く
すれ違い座間に
噂を聞く
昨日とあるコンビにで
家の中学の生徒が
何かしたとかしないとか
パトカーの音が聞こえる
「そういえば昨日
不審者が出たとか出ないとか
誰かが言っていたような
気がする」
男は歩く
掲示板の前には
成績優秀者の名前が
張り出されていた
そこに男の名前は勿論なかった
男は勉強が嫌いだった
テストの点数が悪い分
提出物で成績を補う
そんなタイプだ
男は急に
はっと
した
そういえばまだ
宿題をしていなかったことに
男は気付いた
思い出した
慌てて走る
走る、
走る
廊下は走るためにある
男子二人とすれ違う
昨日はジャンプの発売日とかなんとか
話していて
男はそれに
混ざりたかったか
やむなく
走る
今週のジャンプは
みんな色々ジャンプしていただとか
ホトトギス婦人の見開きページは壮観だとか
今日はジャンプを授業中に読みたくて
鞄には他に何も入ってないとか
昨日コンビニで
そんとき
金が無かったから
いや
だからついつい立ち読みしてたら
間違えて持ってきちゃったことは
男同士の秘密な
はっはっはっはっはっ
っと
…あ
男
は
思い出した
そうだ
金忘れたから
つい
ああ
そうだ
立ち止まった
蛇口が上を向いていた
捻った
水が勢いよく流れ出した
渦を掻く
振り返る
出てきた教室が
小さく見える
前を向く
いや
もしかしたら
昨日掃除をさぼったことかもしれない
誰かが蛇口を上に向ける
いやいや
点数がたりなくて
落第
かもしれない
水を飲む
いやいやいや 水を飲む
もしかしたら期末試験にカンニングをしたことととか 水を呑む
グラウンドに石灰撒き散らしてあそんじまったこととか 唾を飲む
一年坊主を捕まえて金をせびったこととか 水を飲む
いやいやいやいやいやいやいやいや 蛇口を下に捻る
誰かが蛇口を上に向ける
水道を去る
蛇口から水か勢いよく流れている
男はそれを捻ったあと
右手で髪の渦を
右手で
掻き毟った
赤い水が
頭の上を
駆け巡った
水は放射状に宙を舞う
男の袖から
制服のボタンが
1つ落ちる
男はそれを拾わずに
蛇口を下に
捻った
「職員室」
と
書かれた
プレートが
少しだけ
プラスチックの
ケース
からはみ出していた
コンコン
失礼します
藤山先生に
ようがあって
来ました
なにしてたのよ
早くこっちにきなさい!
もう休み時間おわっちゃうよ
ハイ
ハイこれ
え?
だから、これ
これをどうしろと
次の時間に使うから、持ってって
あんた、他の奴より体デカいんだから
これぐらい
余裕でしょ?
ハイ!
ならよし
失礼しました!
職員室を出て
来た道の反対方向へ歩く
すれ違う校長室の
「校長室」のプレートは
ちゃんと枠に収まっていた
「いいことだ」
CDコンポを右手にぶら下げ
男は左手で髪を撫でる
さらさらと乾いた髪の間を
指がするすると巡る間に
どこかでだれかが
また蛇口を上に捻り水を飲む
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴ると同時に
男はまだ
自分が昼食を食べていないことに気付く
お腹が減っていることに
感動を覚える
男は
左手で髪の渦の中心をボリボリと掻きながら
自分の教室目掛けて走っていった
その後
すぐにチャイムが鳴り
一人の男子生徒が
先生に怒られたことは
いうまでもない