風のたどりつく先
カワグチタケシ

朝まだき始発を待つ
プラットフォームに
小さな風が吹いている

ドアが開き
ドアが閉じる

車内に流れ込んだ風が
まだ新しいシートのうえで
とまる

ガラス玉がひとつ
地下鉄の車両の床を
ころがる

目的地で
地下鉄を降りる
プラットフォームには
小さな風が吹いている

改札のむこうで
爪先を見つめて
待っている人

彼女が顔を上げる

とても早い朝
メトロの出口に
弱い陽が差し込んでいる

彼女の細い指を握るとき
肌と肌が触れ合う
そのすきまに
風はたどりつく

眠たい目で
空を見上げる

そのとき風がとまった

風はとまったまま存在している
人が死んでも死体が存在しているように

たとえば

空のとても高いところ
大気と宇宙の境目付近で
とまったまま存在している
風は
つぎにまた
誰かに
息を吹きかけられて
動き出す瞬間を待っている

そのとき地上には別の風が吹いている

それは小さな声
それは口笛
それは歌

小さな灯火のように
耳をすます
人たちのもとへ
届く歌

 


自由詩 風のたどりつく先 Copyright カワグチタケシ 2013-02-25 22:54:19
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