マネキン
まーつん

  古いデパートの舞台裏、
  職員用通路の片隅に、
  忘れられかけた物置がある。

  狭く、薄暗いその部屋には、
  用済みになった小道具が。
  埃をかぶったハンガー、
  古い業務用掃除機、
  仲間からはぐれたモップ、
  錆びついて 開かなくなった脚立、

  …etc。

  そして
  通路の電光を滲ませる、
  小さな はめ殺しの窓の付いた、ドアが一つ。

  いま、ふと
  そのガラスに影がさし、
  微かな蝶番の軋みと共に、
  白い戸が ゆっくりと開き

  一体のマネキンが、
  よろよろと 入ってくる。

  白い石膏で出来た、
  血の通わない
  乾いた身体。

  その片足を引きずりながら

  カツリ、カツリと。

  部屋の戸口の向かいには、
  街路に面した窓が一つ。

  五階から見渡す
  二車線の道路から、
  行き交う車のエンジンが
  物憂げな唸りを ガラス越しに響かせる。

  マネキンは
  顔のない顔を微かに俯けつつ、
  部屋に一つしかないテーブルの
  パイプ椅子を引きずり、
  ごつり と音を立てて、硬い腰を下ろす。

  そして、ぎこちない動きで身をかがめ、
  片足を根元からはずして、テーブルの上に置く。

  ガタリという音が転がり、ごろりと大腿が反転する。
  しなやかな輪郭を描く、石膏の肌。
  その 皺ひとつない表に走る、
  黒い亀裂が 露わになる。

  丸半年、その体重の殆どが、その右足に懸かっていた。
 (腰に左の手を添えて 小粋に右肩を上げるポーズ)
  つま先から脛にかけて走る、稲妻の足跡のような、
  痛々しい ひび割れ。

  ねじを締め、油を刺された、精密な指関節。
  その一つ一つを折り曲げて、傷ついた自らの足を 撫でさすり始める。

  石膏が石膏を擦る、
  その乾いた音。


  乾いた音


  やがて彼女は
  テーブルに突っ伏し
  うとうとと 夢を見る
  そこで彼女は 人間になり
  草なびく 春の丘に腰を下ろしている

  ワンピースの裾を揺らす
  爽やかな風

  麦わら帽子のつばを持ち上げ
  蒼い空を見上げる
  生きた瞳

  そのまなざしは
  白い雲を映し


  流れ去る
  白い雲を映し…


自由詩 マネキン Copyright まーつん 2013-02-24 21:33:42
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