秋刀魚
草野春心
居酒屋にはいると男は
コートを椅子の背にかけ
焼酎と焼いた秋刀魚を頼む
それからラークに火をつけて
深く吸い、
重く吐き出す
カウンターに載せられたテレビは
年をとった妻のように静かなのだが
ろくでもないプログラムで眼に喧しい
男はなにも考えない
男はなにをも想起しない
男はただの
灰色の置物になってしまいたい
それでも運ばれてきた焼酎に口をつけ
熱い感触が喉をつたうと
それなりに生きた心地がしてしまう
もはや業のようなものだ
秋刀魚の焼ける匂いがする
管弦の古臭い音色がラジオから
シュレッダーにかけられたように
小さく細かく降りそそぎ
男の肩に、はらはらと積もってゆく