秋刀魚
草野春心



  居酒屋にはいると男は
  コートを椅子の背にかけ
  焼酎と焼いた秋刀魚を頼む
  それからラークに火をつけて
  深く吸い、
  重く吐き出す
  カウンターに載せられたテレビは
  年をとった妻のように静かなのだが
  ろくでもないプログラムで眼に喧しい
  男はなにも考えない
  男はなにをも想起しない
  男はただの
  灰色の置物になってしまいたい
  それでも運ばれてきた焼酎に口をつけ
  熱い感触が喉をつたうと
  それなりに生きた心地がしてしまう
  もはや業のようなものだ
  秋刀魚の焼ける匂いがする 
  管弦の古臭い音色がラジオから
  シュレッダーにかけられたように
  小さく細かく降りそそぎ
  男の肩に、はらはらと積もってゆく




自由詩 秋刀魚 Copyright 草野春心 2013-02-19 22:47:40
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