喪服
salco

その夜半、電話が鳴った
冴え冴えとした月光の前庭を
一本の意図が貫いた時
女は不快な胃もたれの中で横たわり
じっと目を開けたまま
太陽の午後と雑踏の音楽を想っていた

女は喪服にアイロンをかけている
化学繊維と防虫剤の微かな異臭が
思い出のように部屋にこもる
それは死臭のようでもあった
 そうだ
女は思った
 これは古着の匂いだ、だが新しい
 殆ど生まれて初めての、肉に刺さった悲しみだ

薄っぺらなジョーゼットの黒に
落涙しながらアイロンをかけ続けた
色とりどりの季節と服の奥底に
潰れて眠っていたのが死であった
ただ、呼び起こされたのは生の
蒼白い正体
初めて見えた
死は全てを打ちのめす叩き潰す
人ははたと転がる
蝿のようにあっけなく

涙は落ち
黒の上で染みとなり
掻き消える
 一つの世界が終わった
 まるで脱皮のようだ
女は実感していた
昨日までの実存は永劫に消え去り
その時から内を満たす虚無の外側では
昨日の姿と絶縁させられた肉塊がなまなまと
しかし一分の変貌もなく生き蠢いている
死に触れ生皮を一枚剥がれる度に
グロテスクな、生涯羽化せぬイモムシは
粘膜を刺す喪失の疼痛に苛まれ
身をよじる

しかし何一つ変わらず亦変えず
のうのうと生き続けるのだ


自由詩 喪服 Copyright salco 2013-02-18 23:05:40
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