冬のシャボン玉
sample

去年の夏、シャボン玉を買った。
きいろい麦わら帽をかぶった
ピンク色の象のかたちをした容器。
旅先の雑貨屋で見つけて
近くの河原であそぼうと思ったけれど
その日は、あいにくの雨で
バッグにしまい込んだまま
年をこしてしまい、もう2月になっていた。

あれ以来、旅行らしいところへは
足を運んでいなかったので
いつも持ち歩いていたデジカメも
バッグのなかにいれたまま
シャッターを降ろされることはなかった。
けれど、今年は東京に大雪が降り
こんな都心部にも雪が降り積もることが
続くことなど珍しいことだと思い
その雪景色を写真に収めようと
バッグのなかに手を入れると
デジカメより先にでてきたのは
一度も開封されなかったシャボン玉だった。

ピンクの象の容器は劣化することなく
手のなかで振ってみると
たっぷりとシャボンの液が音を立てており
麦わら帽を外してやると
そこからつながった細い管の先には
鮮やかで真新しい虹色の膜が張られ
液が滴りそうになっていた。
私はあわてて、そのまま窓を開け息を吹きいれてみた。

私の部屋はマンションの3階。
見下ろすと、目のまえは墓地。
外はすっかり雪化粧がほどこされ
墓石の上にも真っ白な雪が降り積もっていた。
シャボン玉は3階の窓から風に流され
墓地の上を不規則に揺れながら散り散りに飛んでゆく。
遠い上空から舞う、雪に混じり合いながら
私はなんども息を吹きいれシャボン玉をつくって飛ばした。
この墓地をシャボン玉でいっぱいにするかのように。

シャボン玉は地上に落ちると、たやすく割れたが
空中で弾けてしまうものがほとんどだった。
次から次へと大きなものから小さなものまで
たくさんのシャボン玉を飛ばし続けていると
目のまえがほぼ気泡で覆われているようになった。
墓地と、雪と、シャボン玉と、
そんな景色をながめていると
シャボン玉や雪が生きもののように見えた。
墓地へ向かって、ゆらゆらと舞い
地上に降りると、冬の地面や墓石に溶け込んで
眠るように命を捧げているような
穏やかに死んでゆく健気な生命のように感じた。

微かに私の胸のあたりから、体温が高まっていく。
すべてのシャボン玉が消えてしまったあと
部屋のなかへはさらに冷たい風が吹き込んで
去年から出しっぱなしにしてあった風鈴が
なにかの始まりとも終わりともとれるような音で
肩を震わすように小さく鳴いた。
空っぽのピンクの象が笑っている。
麦わら帽をかぶせて
もうしばらく雪が降るのをながめていようと思った。


自由詩 冬のシャボン玉 Copyright sample 2013-02-13 22:54:45
notebook Home