あの子のこと
近藤正人

顔に傷があるのと泣きそうに笑い
酔うとそこに赤い線が浮かび
細くて白い指がなぞって
その指に指を重ねたいと思い
ゆるりとして脈々と血が流れ
河口に近い河を思い
含まれるそれぞれの要素を想うでしょう

刈られた稲が等間隔に並んで下向きに干され
落穂を雀が拾った頃の話だと笑いましょう
高い太陽は黄金に色を添え
低い太陽は雲を赤く染めた
そんな頃の話だと笑います

今もその手は赤く染まっていると
声を大きくしてみても
届かぬ声が明瞭でないとすれば
音が景色に呑まれた良い例だと笑い
当たり前を大きな声で叫ぶ者を越え
意味を求め
届く声で語る者を追いましょう

じきに星が美しく吼え
月が淫らに降り注ぐ季節が超えていきます
世界が昼に譲られるまでには
後いくばくも残っていません
長く人肌恋しい季節はかりそめです

伝わる温かさは
たとえそれが月の光のせいだとしても
今でも右手に温かいものです

赤みの薄れた線を追います
瞳はきっちりとは閉じていません
きらきらと光るまぶたに口を付けたいと願い
本当の傷を求めていたずらに言葉が笑い

的を得ない一日がまた過ぎ
なにを求めているのかさえ分からなく
降り出した小雨を瞼に心地よく
互いの傷を埋めるに足りず
とこしえの傷が全て酔いに浮かび
絶えぬ生業は明日も其処にあるでしょう

全て大丈夫です
君の傷跡は君を美しくしていますから


自由詩 あの子のこと Copyright 近藤正人 2003-10-27 14:57:37
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