各駅停車で、春に向かう
木屋 亞万

春へと旅立つ
厚い氷のトンネルを抜けるたび
金属の車輪が鶯の鳴き真似をする
繋がって泳ぐ魚は駅に出会うたび立ちどまる

雨水が硬い表皮を滑り落ちる
やさしい雨の季節だ
ちいさな水の粒子に包まれて
草木もみんな子どもに戻る

本の虫さえ外の世界への戸口を開く
開かないはずの窓をあければ
白黒の世界が桃色の泡を吐いていた
キャベツ畑の横を過ぎれば青虫さえも羽を持ち
白い糸で織られた手紙

春に着いていたのだと分かったのは
朝の雀の笑い声を夢の最中に聞いたから
立ち止まる女の上に降り注ぐ薄紅色の花弁の雨
風は冷たく山の端の陰で歯軋りをして
雷鳴は冬の静かな怒りと共にある

清潔な活力を持つ朝の日を浴びて徹夜明けの月さえ白い
花で満ち溢れる世界を通り過ぎることが惜しい
華やかな風景を背に入れ替わる
乗客たちの背中と横顔
花を散らすたびに雨はすまなそうに虹を残した

花が咲くことさえ過ぎ行くこととして
雨を浴び青い芽を吹いて草木は萌える
朝はもう寒さの欠片もなくなって
座る牡丹ともうじきにつかまり立ちを始める芍薬


自由詩 各駅停車で、春に向かう Copyright 木屋 亞万 2013-02-09 16:09:29
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