融ける
川上凌
猫の眼が好きだった
真横から見るとガラスみたいに夕焼けを映す
透明な眼が好きだった
ある野良と仲が良かったことがある
近所の鉄工所のおじさんに小屋を作ってもらったらしく
この街の寒い気候にはぴったりだった
その野良は人懐っこくて
生きる術を知っているようだった
毎週末、野良に会いに行った
かつお節をあげるのが常だった
帰る頃になると 自転車の車輪のあいだに
するりと三毛の体を滑り込ませて
帰らせまいとするところまで
ほんとうに猫らしくない猫だった
ある日
野良が保健所につれていかれたと友達から聞かされた
なんでもなかったかのように
あ、そう とだけ言った
認めたくなかった 保健所=死というイメージを
学校で植えつけられたばかりだった
いま思えば野良は
人懐っこかったから 保健所の人にも
ついて行ってしまったのだろう
あの野良のことだから
自ら擦り寄っていったのかもしれない
野良は生きる術を知っていた
悲しいほどに知っていた
野良のガラスみたいな眼が忘れられない
連れて行かれてしまうくらいだったら
うちに来ればよかったのに
野良のガラスみたいな眼は
一体何を映していたのだろう
できれば悲しい人間の姿じゃないといい
野良を可愛がってくれた近所のみんなの姿であるといい
優しい人間の姿を映しているといい
いつの間にか野良は思い出として
わたしの中に融けていった
今こうしてわたしは淡々と日々を生きている
夕焼けが眩しい帰りのバス待ちで
思い出すのはあの日の野良の眼
ガラスの透明のふちどりが
夕焼けに融けてしまいそうだった