荒野
川上凌

ひとりにして
誰の声もききたくない夜
子供のように声をあげて泣くことを忘れた夜

お母さんが言っていた

赤ちゃんが泣いている時に
母親が寝たまんまなんてことはないのよ
泣き声がきこえた途端に 目が覚めるの

そんなふうに
愛を注がれたわたしは
それを返すことなく育ってゆくのでしょうか

それが嫌で
おはようとちゃんと言うようになった
いってきますとちゃんと言うようになった
ただいまも おかえりもちゃんと言うようになった


でも今夜はひとりにして
この痛みはわたしが背負わなくてはいけない痛み
泣いていても 駆けつける愛はどこにもないし
声を上げて泣くことは
いつの間にやら忘れてしまった

短い人生の中でわたしも知ったのでしょうか
大きな声を上げて泣く恥ずかしさや世間体のことを
そうやっていろいろなものを塗り込められて
大人になっていくのでしょうか

そして同時に
こうして痛みを背負って
心のなかで渦巻く赤ちゃんの泣き声を
小さく小さく押し込んで
守られることのない荒んだ世を歩き
強くなってゆくのでしょうか





自由詩 荒野 Copyright 川上凌 2013-02-05 18:56:28
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