この海の底にとどく光
ねことら






ティッシュペーパーをちぎってちらしたような薄い雪が、スローモーションのように降っていた。制服にマフラーだけじゃ寒くて手をこすったりしてるとユウトが毛糸の手袋を貸してくれた。わたしの手には大きくてぶかぶかで、ユウトの汗で少し湿っている。




街をあるくのは好きだ。冬の晴れた日はがらんどうのなかにいる気分になる。顔もしらない大人のひとたちが横断歩道を足早にわたっていくのをみていた。
ユウトといると気持ちが安定する。濡れた脱脂綿がしっとりかさなるように、わたしたちはお互いの呼吸をたいせつに、まとまりながら下り坂をまがっていく。




封鎖線。JRの線路沿いのフェンスがつづいてる。隠されたたいせつな真実の隣をずっとあるいていく。わたしたちのムービーはエンコードをまちがえて、遠回りしたり、道を間違ったり、ときたま思い出したように、人を好きになったりして。何か単純なことに没頭していたい。セックスでもいいし、勉強でもいい。どちらも重要ではないし、どちらも等価だ。




帰宅した後、サエからブルーレイを借りていたことを思い出して通学かばんに入れた。「潜水服は蝶の夢をみる」。主人公は脳溢血で全身麻痺になってしまうけど左目のまぶたで会話ができる。主人公にとって左目は外界との唯一のドアで、深い海の中に差す一筋の光だった。
わたしは孤独というものがどうしようもなく怖くなって少し泣いてしまって、そのあと普通にいきていることに感謝したい気持ちになった。




サエはもう一週間くらいサングラスをしている。レーシックを受けたから、雑菌やまぶしい光が目に入らないようにするためだ。次に世界を見るときはどんなふうに見えるんだろう、なんだか怖いけど楽しみなんだ、とサエは笑って話していた。いつかわたしもレーシックを受けたなら、世界はきっと青くひかって見えるだろう。













自由詩 この海の底にとどく光 Copyright ねことら 2013-02-03 20:03:32
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