愛の標本
塔野夏子

博物館に愛の標本が並んでいる
眺めているとわかるのは
愛というものはおそろしく多様だったらしいということだ
まっすぐなのも歪んだのもある
美しいのも醜いのもある
透きとおったのも濁ったのもある
いやむしろ一つの標本の中でさえ
さまざまな異なった性質が
混在していることの方が多いようだ

いずれにせよこれだけ多様だと
そもそも以前人々はどうやって
愛という概念を共有していたものやら
見当もつかない

壁に貼られた
これらの標本がつくられたいきさつの解説には
愛という概念がまだ皆に共有されていた頃は
標本をつくるなどナンセンスだ 不可能だ
そう云われていたと書いてある
愛は時々刻々変化するものなのだからと
それでも一部の人が
たとえそのほんのひとときを反映したにすぎない
断片だとしても
愛の標本を残すことにはきっと意味があるはずだと
主張したらしい

これだけ多様な上に
本来は時々刻々変化するもの……
愛の実態について
ますます想像がつかなくなる

博物館内の人は(それほど多くはないのだが)
皆ほとんど無言だ




自由詩 愛の標本 Copyright 塔野夏子 2013-01-27 12:29:07
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