てのなるほうへ
小夜

#1

きんいろのふりこがゆっくりと放たれて
はらはらと粉を撒き散らしていく
とがった屋根のさきっぽに
逃げ出した雲がひっかかったまま
夜がくる

そのまちでは風が吹かない
時計の針が帰ってこない
刻まれているのはただひとつのおと

おと

それを合図にまちじゅうのブランコが
いっせいに空を駆けはじめる

待ち続けていた
ひたすらになだらかな丘の斜面に
ビロードの絨毯をしきつめて
いつ訪れてもいいように
いつ放たれてもいいように

わたしたちはてをつないだ
そしてそのてをはなした
ふりこは戻ってくるものだから
わたしたちはてをはなした

そしてあるきだした



#2

――の首筋に向かって三歩
長靴池のひたひたの橋の
手すりに寄りかかり瞬きをすると
ひとりめのピエロがやって来る

みみたぶに括りつけたランプ
あつらえられた水玉模様
裾のほころびを引っ張ると
左目のはしからしずくが落ちる

町まではずいぶんだった
ながいながい一本道にびっしりと
鈴なりのなみだめのピエロたち
ランプの熱で化粧は溶け出し
また干上がってひびになる
どこから見上げても――はわらって
ふるえるようにピエロはうたう
いいね、いいね、それはとても

ひとつぶひとつぶ実ったしずくに
ほころびの糸をひきぬいていく
サーカスはどこ、橋を渡って
どこまでもどこまでも行列はつづく

池は満ちていた
夕闇の淵で
波紋よりはやくピエロのコーラスが
遠く遠くへ響いていって

橋のうえから
声を上げた
道草の汁で
水玉模様を頬に描いた
あした
あした
あしたになれば

――のために生きている町が
ゆっくりとゆっくりと傾いていく
呼吸のしかたを忘れてから
もう ながいことこうしている



#3

眠りにつくまえに
数える

きこえた空耳のかず
ひろった木の実のかず
つかまえた影ぼうしのかず
わすれた約束のかず

思い出せないものを
数える

おとがずっと鳴っている
それが合図だということを
知らせるためだけに

数える
だれかのための合図を
こどもたちが眠りから目覚める合図
鬼たちが姿を現す合図
ピエロたちが宙返りをやめる合図
みずたまの衣装を脱ぐ合図

もう
あかりも尽きたので
目を閉じなければ

消えていくものを
数える

はじめからなかったものも

そして
すべて
忘れる



#4

鐘が鳴って
日暮れと知って
今日の夕餉は
摘みたての花

花摘むお嬢さん
花喰む青年
お皿のうえでひとときであう

口をぴったり縫い閉じたピエロが
わらったかたちのそのままで
ましろいお皿をじっと見ている
橋の上では見えない野原の
微動だにしない花たちと
やさしくあやす――の指と

花摘むお嬢さん
花喰む青年
くるくるまわってスープになって
花びらいちまいふわりと浮いた

鐘が鳴って
夜を知って
まぶた下ろば
たやすく終わる

眠りよ眠らぬ揺りかご揺れて
終わりがひとつ静かに増える

お嬢さん、お嬢さん、
あしたはどんな花を摘む

眠り眠らす宵闇いずこ



#5

迷い道を行き過ぎて
立ち止まれば草が鳴いた
ここはとても寒いところ
飲み込んだ荊がおなかに開けた
穴のように寒いところ

ちいさなこえが行き場をなくして
そのまましずかに破裂する

幾千もの腕が
みえない空からのびてきて
髪と首とまぶたを
べたべたと触った
もつれた髪を空へと広げ
首のまわりで渦をまく

もう歩けない
だって

(だれかが)

わすれてしまった

(わらっている)

草たちはひゅうひゅうと
体中でうなった
そこらじゅうにあいた穴が
ただ
寒い
寒いの

うわごとをきくように
ふり仰げば

(わらって)

降り止まない
まなざし

歩き続けるしかないのだと
はじめから定められた迷い道を
反芻するように
立ち上がれば
幾千の腕はゆくあてをなくし空へとただ還っていく


あなぼこにおとが満たされて

(だれか)

遠く
わらっている

わたしは

はじまりを
さがしにきたのだ



#6

てをつなぐてをはなすてをつなぐてをはなすてをつなぐてをはなすて





#7

――はななめに傾いだままで
くぼみを空へとまっすぐ向けた
なだらかな茜の丘のうえでは
こどもたちが鬼を決めていた

――の泉はとぷんとぷんと
ひとつのリズムを浮かべつづけて
あぶくのなかに閉じ込められた
ちいさなひかりをなぐさめている

じっぽんの指を尖らせて
せなもいまではでこぼこになった
声の上げ方をわすれたかわりに
鋭い角が天へとのびた

書き換えられていく途中の
ほんのかすかな溝の底に
しがみついていた苔だとか
転がっていく坂道に
からだじゅうをぶつけながら
どんどん軽くなっていった
小石だとか

「鬼のなまえは呼んじゃだめだよ」

こない、闇

傾いだままの――のくぼみに
落ちるしずくが溜まっていく
さざなみが揺れ黄昏は割れ
ひきずっている尻尾のさきに
ともる炎がちりちり鳴いた

覆われて


空から降る
ゆうぐれに襲われた町の残骸

かけまわるこどもたちの
尻尾になぜられて
小石たちは平らな道に
転がり方を思い出せない

こちらへ
、ちらへ
ただようように

――を染める暮れかたの陽射しが
どこまでも伸びていく

とぷんとぷんと刻まれながら

こない闇から逃れるように



#8

てをのばす
触れる瞬間に
わたしが消える

それは定められたこと
遠くゆびさきが
空を舞っている

きんいろの粉がふりそそぐ

こまかな隙間から
しずかに回路は錆びていく

待つのは時の役目
わたしは足を動かして
歯車が止まらぬように
ひたすら進みつづける

きんいろの空に
きみが鳴っている


#9

そのまちでは風がふかない
時計の針が戻ってこない
刻まれているのはただひとつの

わたしたちはてをつないだ
わたしたちはてをはなした
わたしたちはてをつないだ


そして



#10

錆びた手すりに
半身をあずけて
きみはわらって
きずぐちをなめた

ここからはとてもよくみえる
ずれだした稜線
いきを
しているね

きみの目がずっとむこうまで
すきとおっている
わたしは両手をまよこにひろげ
あるきつづけるれんしゅうをする

くずれてしまったひじのさきが
風にのって丘をこえた

もうみえない鳥たちが
そのゆくえを追っていく

ふぞろいな腕はプロペラのように
空中をからまわる
ぐらぐらのあしをそれでも
押し出しだそうとして

ここからはとてもよくみえる
砂絵のようなせかい
あの学校はわたし
あの駅舎はわたし
あの外灯はわたし
あの時計台はわたし
わすれてしまったけど

いまはこうして
ここへきた

ここから
両手をひろげて
もっとさきへ
もっとさきへと
きみを置いてゆく
きみを置いて
置き去って
透明な目のむこうのみちへ
このあしをさしだして

きっとまたわたしは
きみにたどりつく

きみは
わらって

わらって

わらうので
もっと
もっと手をひろげて
ぼろぼろと風に舞う
わたしだった砂たちを
背中にひきつれながら
おぼつかないままで

あのさざなみはわたし
あのつむじかぜはわたし
あのこもれびはわたし
あのゆうぐれはわたし
あるきつづけていく

こぼれだした砂たちが
混ざり合ってとけはじめた
余韻の遠く鳴りひびく
きんいろの空のしたで
くずれおちていく両手をひろげて
まっすぐにきみからはなれていく

(こちらへ
(こちらへ

てのなる
ほうへ

きみのほうへと
はなれていく


(ここからはとても
(よくみえる
(わらって
(わらって
(てのなる
(ほうへ



自由詩 てのなるほうへ Copyright 小夜 2013-01-26 00:11:49
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