多分、これで 最後
赤青黄
赤信号が点滅し続ける交差点の中央に立ち
「そんなに点滅しているなら早く絶滅してしまえばいいのに」
とぼやく男が一人いた
ガードーレールは醜く歪み
ゆがみすぎて笑えるくらいに歪んでいて
ガードレールは度重なる乗用車との衝突により黒ずんでいて
白の面影はどこにもなく
塗料が剥がれて鉄がむき出しになった所から酸化が始まり
その酸化の過程で発生した気体の一部を旨そうに吸う老齢のカラスが一羽
この交差点の上を右往左往しているのであった
と
男はだれも通らない交差点の中央付近でこんなことを毎日考えながら過ごしていた
ここを通る車の数は日に一台かそこらだから
別に交通整理をしているわけでもなく
男は朝ふらふらとここにやってきては
もってきたパン、そう二食パンを契りそれらをカラス達に与えていた
赤は煌々と点滅を繰り返す
ひしゃげたガードレールは昼になると
いつも決まって白になるのであった
それは男が白くしたと言えばそうであり
そうでないと言えばそうではない
男が鳥に与えた二食パンの生地が白いように
鳥の糞もまた白く
ガードレールはその糞を受け止める
灰皿であった
いずれ雨が降れば
その糞は路上にたれ流され
排水溝に吸い込まれていくのだ
それらをただ見ている消えかかった横断歩道の
白いラインは
ただ闇雲に立つ
男の後姿を憎んでいた
日が差し
いつしか今日は半分終わり
午後になる
交通整理に男は忙しかった
男には似つかわしい誘導灯を振りかざし
アリを二食パンの所から巣まで誘導しているのだ
日差しは暑く
男の汗が地面にたれるたび
それらがありの進路を塞いでいることを知らぬまま
男はただ闇雲に道路整備を延々とこなし続けていた
街頭は赤を灯してした
光が白で無くなったとき
白が世界から消失するように
黒もまた黒ではなく
赤黒かった
誘導灯も赤
信号機も赤
ガードーレールも赤
で
赤ばっかではないか
なんて
愚問
滑稽
男は一人ごちで笑っていた
一人ごちの意味も分からぬまま
笑っていた
そのとき、白い二つのライトが、この交差点に向かってきていることを
男は直感で知った
先の雨で所々陥没した道路にできた水溜りに足を滑らせながら
車が一台こちらに走ってくるのだ
男は笑っていた
男は全身の力を抜き
白い息を地面に向かって吐いた
唾が口元から爛れていた
それはあまりにも美しく妖艶で儚い淡い飴色を灯した唾液であった
男の腋からは緑色の体液が噴出し
水晶体から飛び出した紅いコンタクトは信号機の色を反芻しながら
紅い水溜りの底へと落ちていった
クラクションはブレーキを踏むことはなく
前方から迫る車の息吹に瞳孔を窄めた男の体は
華麗なムーンサルトを描きながら
ガードーレールに衝突し
カラスが水溜りとガードーレールの間に
糞を一つ産み落とすのであった
朝もやの立ち込める、朝
男は立ち上がり
手や足などの被害状況を正確に分析していた
赤は点滅の役割を終えて
いつしか黒にしぼんでいたようで
そこは新たなカラスの灰皿になっているようだった
男は一つ背伸びをした後で
交差点の中央に立ち
少しだけ世界を儚んでから
全てを終えて帰っていった