樹化
すみたに
キヨクアカルイ――君の生き方を見ると、そう言いつつ嘆息が漏れる。多くの声が聞こえてくるけれども、君の声だけは澄やかに聞こえる。他の声とは決定的に違う、芯を持っている、根をもっている。君の名前だけはほかの名前とは決定的に違う。僕にその名前を教えてくれたのは、君だった。僕は余りに多くの名前と声に惑わされていた。一体どうすればいいのか、全く混乱していたのだ。足が縺れ、今にも転倒しそうだった。縺れに縺れ、糸が絡まるようにどんどん縺れ、本当に縺れてしまった足、二本から三本四本、五本六本……まるで植物の根のように細く長くなった。腕も気づいたら何本にも枝分かれし、硬化した角質が葉のように剥がれている。葉脈だって刻まれている。僕の肉体は桜の樹皮のように光沢が出ている。臍も乳首も、なんだか木の瘤や目のようだ。気づいたら僕は動くことを忘れ、考えることも忘れ、維管束の中を流れる液体の存在も感じなくなる。完全な眠りに就く。
君は僕が目覚めるまで待っていてくれるだろうか? わからない、君は答えない、でも僕は信じるしかない。僕は孤独だから木になったのか、どうなのか、ねえ、答えてくれよ。誰でもいいから、僕の体に尿をひっかけるそこの野良犬だっていいから!
美徳がよろめいている、夕陽が水平線で揺らめいている。背後に伸びる影は何時も一つ、木になったって何時も一つ。僕はどこにも生えていて、どこにも生えていない、広大な森林の中に埋もれているかと思えば、砂浜で一つぽつりと生える椰子の木となる。
僕が木になれば、木は孤独だろう。君が木になれば、木は自由だろう。
彷徨うことが自由なのかどうかは、君が判断をすればいい。定住することが束縛であるかは君が判断をすればいい。ただし、君は言うだろう。寒いよりは温かく過ごしたい、だから暖炉があって煙突のある家がいいと。不意な訪問者も歓迎するし、家の空気を排出する必要だってあるのだ。その通りさ。さあ、そろそろ言葉を失う。完全な木となる。植物園にでも寄贈しておいてくれ。いやだったら薪にすればいい。白蟻の餌食にだけはしてくれるな。暖炉にくべられれば、僕は喜んで燃料となり、君を温めよう。