書こうとしたことを忘れてしまって
木屋 亞万

拝啓

今はいつ頃だったか、暦を見なくなって久しく、曜日感覚も失くしてしまいました。俗世から切り離された場所に身を置いていると、今が何の時期なのかよくわからなくなってしまいます。身の回りの変化には敏感に反応しているのですが、いつのまにかあなたは遠い存在になってしまいました。その原因は、私がおろかにもあなたを含む社会というものから遁走してしまったからなのです。一度は社会との関係を隔絶してしまった私が、あなたに対して手紙を書き、あなたの元へこの手紙を届けるために社会と接触するときに、改めてその距離を埋めることの難しさを痛感しました。手紙を届けるということ自体が社会に属してしなければ難しいことなのです。この手紙は、心やさしき霊長類、鳥のくちばし、風、生き物の知恵と習性、そしていくつもの幸運が重なってはじめて、あなたの元に届くのです。いや結局のところ届いていないかもしれません。届いていてもあなたは返事が書けないので、もしかすると今回のような手紙を何度も受け取って、その中身の間違い探しのような代わり映えのなさにうんざりしているかもしれません。私はいつもそのような要らぬ想像ばかりしながらも、届く可能性を捨てきれず、あなたに手紙を書くことをやめられずにいるのです。そして、その度に私は今回こそは何か重大なことを書こうと決意を新たにします。この手紙は私の人生をかけたものであると同時に、あなたの心を核心からゆさぶるものであって欲しいのです。そしてあなたに、より豊かな未来が訪れるよう、あなたの人格の土壌を耕す栄養となるものであればと願っています。長々と前置きをしてしまいましたが、実は私は筆をとるたびに書くべきことを忘れてしまっています。あなたとの思い出を書こうにも、何も思い出されることはなく。あなたが好きなものも嫌いなものも、あなたの笑顔も、いや実は顔さえもすっかり忘れてしまっていて。髪形も匂いも仕草も名前さえも、あなたについての記憶を引き出す要素の一切を喪失してしまいました。実はあなただけでなく、私について定かな記憶すら損なわれ始め、私の姿かたちはおろか、私が何を好きで、何を嫌いで、どういう名前で、どうしてこのような遠いところまできてしまったのか、確固たる理由や決意があったかどうかさえはっきりしません。土を失った種のように根を張る術を失ったものは、自分が一体何者でどういう役割や目的を持って生まれてきたのか、その重要な中心部分を欠落させてしまうのです。私がわたしらしささえ取りこぼしてしまってもなお、手元に残っていたのが言葉でした。私は言葉が失われるのが怖いのです。言葉を失ったら、人間であることからも逃れてしまうような気がするのです。恐らくは何もかも手放してしまいたくて、全く何も無い状態に憧れてこの状況に身を投じたはずなのに、そのときの快感はこの身から取り除かれた重量感を体が覚えている間だけで、日にちが経てばそのような感覚の存在が雲のように流れて消えてしまったのでしょう。わたしが手紙と信じているこの言葉たちは、本来の手紙というものからは逸脱したものとなっているかもしれないし、これを読んだ全うな社会の人間はそこから何も受け取れないかもしれません。これはただの廃人の残滓。世を逃れ、あてもなく遁走し続け、俗世から脱け出し、縁のしがらみから解けてしまった憐れな人間の垂らす針の無い釣り糸なのです。あなたへ向かう以外の術をなくした私の中の壊れかけの言葉たちの、最後のあがき。あぁ、末筆ながらわたしを唯一わたしたらしめている茫漠たるあなた。時節柄、どうぞご自愛くださいませ。
                                        敬具


自由詩 書こうとしたことを忘れてしまって Copyright 木屋 亞万 2013-01-13 00:43:53
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