バスタブに降り積もる、雪
赤青黄
バスタブから飛び出してきたピアノが空中を凌駕する朝
僕はいつも通りの朝を迎えいつも通りの朝食を摂りそしてまたいつも通りの「朝」の日課を黙々とこなす
要はいつもどおりの、そう朝にしなければならないことした、それだけの話
町は今朝のお天気お姉さんの一言で活気にあふれていた
午後になるとこの町に十五年振りに雪が降るというのだ
雪が降れば雪見大福が飛ぶように売れる一方
雪が降れば今日の学校をずる休みする小学生が増えるのだろう
この町では子供たちより大人たちの方が雪で喜ぶ
だなんて
まったく、なんてふざけた話なんだろう
*
灰空をバスタブが覆う昼
町の大衆食堂の窓から雪が降っていることを知った僕は椅子から立ち上がるときに肘にスプーンを引っ掛けてまだ一口もつけていないチャーハンをこぼしてしまった
おばちゃんの深いため息と大してぱらぱらでもないチャーハンをよそに
僕は外に向かう
そらは一面灰色で埋め尽くされていた
町にたむろしている猫達の姿はなく
町の商店街のアーケード通りの中ではホームレス達が新聞欄に向けて文句を垂れ流していた
*
バスタブにお湯が注がれ湯葉が作られる夜
雪は雨となり町にうっすらと積み重ねられた雪はたちどころに溶けてなくなってしまった
僕はそんなに悲しくなかったが子供たちはたいそう悲しかったらしく
大人たちがいくら慰めてもなかなか泣き止まなかったそうだ
やっぱり子供は子供で
やっぱり大人は雪が降ったということより雪が降るということにしか興味が無かったのだ
摂氏40℃のお湯に僕は浸かる
縮こんでしまった皮膚、細胞、潤い、そんな肉体の表面を隅々まで水に浸して癒す
だなんて
人間ってある意味贅沢な生き物
だから人間ってやめられないのさ、めんどくさいところもひっくるめて、ね
*
深夜の町の中に降り積もる雪の花びらは
深夜の少し前に降った雨の水溜りに浮かび、少しだけ憂いを帯びていた
猫がゴミ捨て場の影から顔を出す
猫は足で自分の顔を描きながら天を仰ぐ
その横をホームレスが交差する間に
雪の花びらは淡いピンクの色を帯びて
町の生き物達に春の訪れをしらせるのだ