一膳の箸
石田とわ







      あなたとわたしは一膳の箸でした
      年を経た槐の木から
      それはそれは丁寧につくられて
      生まれたのでしたね
      ある朝、わたしたちは
      ちいさな男の子の手に渡り
      箸としての第一歩を踏み出したのです
      
      はじめのころは箸の先でつつくばかりで
      まんぞくに箸の役割ができませんでしたね
      振り回されたり、ばってんにされたり
      あなたとわたしは懸命になって
      里芋をおいかけたのが嘘のようです
      楽しい時もかなしい時もちいさな手で
      わたしたちを握りしめたいとしい幼子
      そんなあの子がいまでは
      わたしたちをきれいに揃えうつくしく
      食事をとるようになりました
             
      今日があの子との最後の食事です
      そして箸としての役割も今日でおしまいです
      もうそろそろわたしたちはあの子の手には
      小さくなってきましたからね
      箸の先もみすぼらしくなってしまいました
      お母さんがあの子のために新しい大人の箸を
      新年の晴れ着とともに用意しているのですよ
              
      わたしはあなたと箸になれ
      この子のもとへくることができて
      とてもしあわせでした
      木として生まれ
      あなたがいて、わたしがいて
      箸として生かされたことも
      すべてがいとしい日々でした
      また今度、木に生まれることができたのなら
      もう一度あなたと一膳の箸になりたいと
      そう願わずにはいられないのです
              















              


自由詩 一膳の箸 Copyright 石田とわ 2013-01-08 19:25:43
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