鰐師の見習い
綾野蒼希

アポロ! アポロ! アポロッ!

狂ったように燃え上がった夕陽を
無言のまなざしで受けとめる川――
その川の中州にたたずむ少年は
繰り返し繰り返し声を張り上げる
が 眼前の鰐は彼を見下したように
小躍りをやめない
長い尾を器用に用いて立ち上がり
巨大な体をくねくねさせる

ディオニソス! ディオニソス!

少年がそう叫ぼうものなら たちまち
鰐はぴたりと静止し 息をつめ
ひややかに――まるでアポロ的に――
顔をゆがませた少年を見つめることだろう

ダンテ! パル! ブルジョワ!
レセリック! メルファ! シトッ!

やがてむきになった少年は
何度もどもりながら 難易度の高い
無謀ともいえる技に挑戦するが
鰐は半眼のまま 心地よさそうに
牡蠣フライを食べる夢を見る

少年の手には一本の鞭があり それは
私淑する鰐師のものと同じメーカーである
両親に無理を言って買ってもらったのだ
しかし彼はまだそれを駆使できない
頑丈な鱗で覆われた鰐の背中は あるいは
夢の中の牡蠣フライは びくともしない

ベレク! ポラリス! プロレタリア!

(少年よ、鰐師の見習いよ――
 君は気づかぬかもしれないが
 君は今日 初めて泣かなかった)


自由詩 鰐師の見習い Copyright 綾野蒼希 2013-01-06 10:54:26
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