降り来る言葉 LXII
木立 悟
曇が降るほうへ
鳥は振り返る
けだものの背が
鏡にたなびく
借物の手が
借物の命を受け取る
こがね色の子が手の甲を聴く
曇のなかの月へ手をかざす
谷底へ傾く裸体
透明な楔に
押さえつけられているかのように
岩のはざまから動かない
木々の奥に
霧はひとり居る
幾度も幾度もひとりになり
ひとりに満ちる
おぼろげに雨を組み立て
荒地に放つ
海の向こうに撒かれる灯
蒼に土に
やがて 消える
うろたえるな
放置された曲線の上で
うろたえるな
風や 首輪の無い白が
さらに遠くの白へ吼える
冬は曲がり
そのままでいる
舟は
海にも空にも着けずにさまよう
傷を隠し 傷は増える
吹雪を従わせようとして
何も見えなくなる
そのあいだにも幾つかの
季節の引き継ぎが行われてゆく
雨が緑と砂を持ち去り
横たわる人を置いてゆく
いつまでも目覚めぬ人
空にも雪にも無にもなる人
雨や機械や
はらわたの音
指や光をなぞる光
分かれつづける声の色
誰もが誰かの赤子ではなく
ばらばらの鳥が
ばらばらのまま動き出し
冬は冬を隠して明るい
ところどころ
隠しきれずにあふれさせながら
蒼がむらさきになるあいだ
星はひとつ息つぎをする
雨の扉 立ちふさがりひらかれ
河口へ河口へ倒れゆく
手の甲にはかつて十の目があり
人の背に消える道を見たのだという
だがそれでいいのかもしれない
救世主を肩にかついでも
救世主を見ることはできないのだから
緑が橙に変わり
蓋を咬み
夜は終わる
境界を作るものたちが
動きはじめる
雨は発ち 冬は発ち
手のひらは消えくりかえし現われ
水たまりの径の水たまりすべてを
まばゆい舟がすぎてゆく
凍える指で鎖をつなぎ
やがて再び 鎖を断つ
痣だらけの鏡に映る原には
こがね色の子とけだものが居て
まばたきと笑みを交わしながら
四季の口笛を吹いている
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