カロン
Giton
.
「どうだった?」
「なんとも…ひとことでは」
「入るまえに思っていたのと比べて?」
「こんなに誤解や行き違いが多いとは思わなかった」
.
漆黒の水面をすべる細い細い平底のふね
渡し守は髪長き少年 地上の誰よりも年老いた少年
「じゃあ、つまらなかったな?」
「つまらなかった…いや、そうとばかりも言えん」
.
「じゃあ、おもしろかったか」
にわかにその竿を止め 口もとにうかぶ薄ら笑い
「いや…もう厭になったよ…あんな場所はいちどでいい」
.
赤い焔が水面に映る 真っ暗な行く手でちりちり焔が踊る
「舟はどこへ向かっているのだ?地獄か?俺は業火で焼かれるのか?」
「もとの世界へ」漕ぎ手はさびしそうに囁く「おまえにはまだ何も見えぬのだからな」
.